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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十六章「婚前の夜明け」乙女編 西暦27年~28年 12~13歳
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第十六章「婚前の夜明け」第二百九十九話

アウグストゥス霊廟


当時から五十六年前、初代皇帝であり曾祖父の為、ここ、カンプス・マルティウスに霊廟が建造された。高価なローマンコンクリートで出来た円形が、下層部、中層部、上層部の三段重ねになり、上に行くにつれ小さくなっていく構造。下層部の屋根と中層部の屋根には、細長いローマ杉が何本も植えられ、上層部だけにはギリシャ円柱が十四本あり、柱頭はくるりと二つの書簡を巻いたようなイオニア式。近くの東側には火葬場も建築され、とてものどかで朗らかな場所だった。この霊廟に、ユリウス氏族とクラウディウス氏族の皇族達のみの遺灰が眠る事になる。


「アグリッピナ、私は久しぶりにあの人と話してくるわ」

「え?」

「貴方も信じたくないだろうし、私も信じたくなかったけれど。そうね、あの人はやっぱり亡くなって、あの霊廟に眠っているのよ」


母ウィプサニアが見つめる先には、霊廟の入口があった。二つのオベリスク、二人の門番、そして一つの扉。母の心には、前のように何かに固執するような荒々しさはなく、ただどこかでおだやかだった。でも、私は母みたいにはなれない。


「貴女は行く?」

「ううん、行かない」

「そう。でもいいわ、貴女の好きにしなさい」

「え?」

「もうお母さんはね、貴女といろんな事で張り合うのは疲れたわ。結婚の事も、あの人の事も、だってそうよね?貴女はもう子供じゃないんだから」


母はウィンクをしてくれた。

こんなに反抗的な私なのに、母はガミガミ怒る事もしなくなっている。なんだか肩すかしで、今まで構えていた余計な力を抜かれたような感覚。これが母の言うところの、張り合うことに疲れてしまった事なのだろうか?私は二人の門番から少し離れた、道端にある大理石の上に腰かけ、ローマの青空を流れる雲をずっと眺めていた。何だかこんなに清々しい青空を見るのは、本当に久しぶりだった。


「お姉ちゃん?」

「え?」

「アグリッピナお姉ちゃんじゃないの?」

「え!!?」


私は声のする方を向いた。

するとその娘は突然あたしに駆け出して、布団を抱きしめるように甘えてきた。その声は紛れもないアクィリアの声。忘れもしない、あの可愛いくて、どこかか弱くて食いしん坊で。でもその娘はアクィリアに似ているけど、もっと上品な顔立ちをしていた。あたしの見間違い?


「アグリッピナちゃん?」

「え?」

「やっぱり!母さんの妹アントニア様のお孫ちゃんでしょ???」

「はい」

「私はドミティア・レピダ。覚えてる?アントニア様のお姉様にあたる母アントニナの娘よ~!」


正直、私は覚えてなかった。

どうやら今まで何度も会ってたらしい。そうか、祖母アントニア様のお姉さんの娘さんが、レピダさんか。改めて会うと、思ってた以上に優しく穏やかな人。


「三年前に私と兄グナエウスは、アントニナお母さんを亡くしたのよ。あたし一人で来ようと思ったら、この子はアントニナお婆ちゃん子だったから、自分も行きたいって」

「そうだったんですか……」


グナエウス?どっかで聞いたことあるな。


「その子はね、生まれてすぐに自分の父親を亡くしたから、あたしが親を亡くした気持ちを、一丁前にも癒そうとしてくれるの。全く生意気な子猫だこと」


本当だ。

まるっきり安心しきった猫のように、あたしからひっついて離れない。まるで人に甘えることは当たり前のような、アクィリアの声に似たこの子は、すっかりあたしの下半身にしがみついてる。


「レピダさん、彼女の名前は?」

「あら、まだ名前言ってなかったの?」

「うん……」

「あれ~??憧れのアグリッピナお姉ちゃんの前で、自分の名前は言えないのかなぁ~??」


はずがしがってるその子は、ようやくあたしの顔を見つめて、小さな口を開いた。


「あたしは……メッサリナ。ウァレリア・メッサリナ」


そう、いずれクラウディウス叔父様と結婚し、不義を繰り返しては重婚し、処刑されるメッサリナだった。


続く

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