表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十六章「婚前の夜明け」乙女編 西暦27年~28年 12~13歳
294/300

第十六章「婚前の夜明け」第二百九十四話

母はユリナ様の遺言書に発狂した。

オキア様にあれ程言われたのにも関わらず、抑えきない感情を露わにし、誓いも忘れ、大母后リウィア様の陰謀であると叫んだ。


「アントニア」

「はい、大母后リウィア様」

「私はウィプサニアに、何ができるのかしら?」


母は憎しみを剥き出して走った。

聖なる道ヴィア・サクラを走り抜け、大母后リウィア様と祖母アントニア様のいるドムスへと。


「歪んだ心を、救うことだけだと思います」

「昔のウィプサニアは、健気で私の言う事ばかり聞いていたのにね」

「きっと、ウィプサニアは、大母后リウィア様の前では素直過ぎたのかもしれませんね」

「いいえ、アントニア。私の愛するあの人が、厳し過ぎたのよ」


"なぜオクタウィアヌス?娘ばかりでなく、自分の孫までも、どうしてそこまで厳しくされるのですか?"

"リウィア、血を分けた者が罪を重ねた時、それはいくら親であっても子であっても、孫であっても、その罪を償う必要がある"

"でも、貴方の大切な子どもや孫ではありませんか!"

"だからだ、リウィア。自分の父親を僕に殺されたも同然であるのに、君は僕を裏切る事なく、慎ましくローマの法を守って生きている"

"わ、わたしは……"

"いいんだよ、リウィア。今でも君の心の何処かに、僕への憎しみを隠していたとしてもだ"

"……"

"だが、恵まれている筈の我が娘や孫は、自分の夫を裏切り、邪悪な者たちの口車に乗せられた。運命とは気まぐれだが、人の生き方には努力が必要なんだ"

"オクタウィアヌス……"

"分かるだろう?リウィア。平和とは悲しいほど、誰にとっても我慢と努力でしかないんだ"


「オクタウィアヌスは、私以上に私の心の闇までもを理解していた。そんな私さえも、決して疑うことなく、生涯愛してくれたの。自分一人では達成できない、泰平の世を望むためにね」

「お義母さん……」

「けれど、いつの世でもそう。親と子の心は、望もうと望まぬともすれ違ってしまうもの。あの人の子ユリヤ、そして孫のユリナにとって、自分達の親に求める強い愛情こそが、生きて行く証だったのかもしれない」


奴隷達を払いのけ、母は右手に握りしめたパピルスの遺言書をなびかせながら、大声で何度も大母后リウィア様の名を呼び捨てにして叫んだ。今まで信じてきた憎しみの対象を、まるで壊されたくないように泣きじゃくりながら。


「そしてウィプサニアもまた、自分の母親や姉を強く想う事が生きる証であり、私を心から憎む事で、ずっと心のバランスを取ろうとしていたのかもしれない」

「私の息子ゲルマニクスの死によって、その憎しみは膨れ上がり、いつしか自分の母親や姉と同じ道を辿っていた事さえも忘れて」


ようやく母が、大母后リウィア様と祖母アントニア様のいる居間へ辿り着く。呼吸も荒く、くしゃくしゃになった泣き顔も隠さず、悔しさを歯ぎしりに込めて。


「ウィプサニア……?!」

「リウィアぁああ!なぜ!?」

「……」

「な、なぜ?!どうして姉を?!」


そして母は大粒の涙を流し、まるで駄々っ子の子供のように、自分の姉の遺言を床に投げ捨てて、叫び声をあげた。


「今まで救っていたのですかぁぁ?!!!」


床に投げ捨てられた遺言書には、母への言葉がこのように書かれていた。


"最も愛していたウィプサニアへ。母を心から愛した私を、そして大母后リウィア様から救われた私を、心から許して……。"


続く


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ