第四章「大母后と祖母」第二十九話
大母后リウィア様は、裸体のままうつ伏せの状態でオリーブオイルを全身に塗られ、奴隷達にマッサージをさせている。ピタピタと弾けるように大母后様の肌が若さを増していく。私も奴隷達にマッサージされながら、大母后様の横で寝ている。
「大母后様…。」
「なーに?アグリッピナちゃん。」
「アウグストゥス様って、どんなお方だったんですか?」
「あの人の事、興味あるの?」
「はい。私の曾祖父ですから。」
「そうよね、アグリッピナちゃんはウィプサニア側からであっても、ゲルマニクス側からであっても、私にとっては血縁関係になるわけだしね。」
「軍神アグリッパ様は私のお爺ちゃんで、アントニウス様も私のお爺ちゃんです。」
私はこの時に大母后リウィア様から、自分は曾孫だと言われていることを理解していなかった。それなのに自分の中に流れることばっかり夢中に話して。それでも私の曾祖母である大母后リウィア様は、期限が悪くなるどころか微笑ましい顔で私を見つめてくれていたのだ。
「それだけ高貴な血が入っていれば、誰だってローマ市民は喜ぶわよね。分かったわ、アウグストゥス様のお話をしましょう。まだ、誰にも話していないお話を…。」
結婚した時のオクタヴィアヌス、つまり後のアウグストゥスはとっても短気で激情しやすいタイプになっていたのよ。人の云う事は聞かないし英雄気取りだったし、自分の思い通りにいかなければ、すぐに非難するような人だったわ。そのくせ落ち込むと半端無く落ち込んで、一人では立ち上がれない人だったの。結婚した当初もうちの氏族をあてにしていたし、本当にこの人は大丈夫なの?てなくらいに面倒臭がりで、なのにあれこれ指示を出して、それこそアグリッピナちゃんのお爺ちゃまのアグリッパが困って私に相談乗るほどだったわ。
ある時、あの人がヘマをしたの。あの人自身の命取りになる事が起きたの。貴族から元老院にはオクタヴィアヌスの死刑宣告を出すように言われてしまい、流石にあの人は蒼ざめて狼狽えて、どうすればイイか分からなくなってた。私はいい加減飽きれてしまってお説教を始めたの。そしたらローマ市民でもない女のお前に何が分かるんだ!なんて叫ぶから、あたしは頭きて、あの人の右頬をめいいっぱい叩いたのよ。そしたらワーワー泣き出してしがみついてきたのよ。"リウィア、僕を助けてくれ!"ってね。
私は流石に大笑いしちゃったわ。
結局男って自分に実力が無くなると、空威張りもできないようなくらい弱虫なのよ。それを必死に隠して生きているわけ。カエサル様は自分の弱さを寛容力と度胸でねじ伏せて愛されたけれど、オクタヴィアヌスは何をしても愛される所と愛されない所がはっきりしてたわ。だから私はあの人に、自分の器が小さい事をちゃんと教えてあげたのよ。男の器は女の器量と母性で大きくなるものなのよ。
それからあの人は人の話を聞くようになったの。例え政敵の意見であれ貪欲に勉強して、自分がどのように見られているのか?どの発言をすれば、どのような結果が生まれるのか?元々色々と考えるのが好きな性分だったから、戦いよりもそっちのほうが得意なのね。とまぁ、私の平手打ちがあの人の人生を変えたってわけ。
「凄いですね。あの初代皇帝アウグストゥス様に平手打ちなんて…。」
「それはそうよ!だって夫が死刑になるかもしれないのに、オタオタされたら堪ったものではないでしょう?」
「アウグストゥス様を死刑から救われたんですよね?さすが大母后様。」
しかし大母后リウィア様は私の顔を見るなり、目をまん丸に見開いてお腹から笑い出した。
「アッハハハハハハ!アグリッピナちゃん。いくら私でも死刑からあの人を救うのは無理な事よ。」
「ではどうやって救ったんですか?」
「その時は、ウェスタの巫女達に頼んだのよ。」
「ウェスタの…巫女達?」
「あら?アグリッピナちゃんは彼女達を知らないの?」
「はい、全く。」
「まぁ!それは良くないわ。今からウェスタの神殿まで行きましょう。」
そう言うと、大母后リウィア様は早々と全裸のまま身支度を始められた。
続く
【ユリウス家】
<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>
主人公。後の暴君皇帝ネロの母。
<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>
アグリッピナの父
<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>
アグリッピナの母
<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>
アグリッピナから見て、一番上の兄
<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>
アグリッピナから見て、二番目の兄
<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>
アグリッピナから見て、三番目の兄
<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>
アグリッピナから見て、一番目の妹
<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>
アグリッピナから見て、二番目の妹
【アントニウス家系 父方】
<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>
アグリッピナから見て、父方の祖母
<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔母
<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔父
【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】
<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの飼い犬
【クラウディウス氏族】
<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻
<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男
<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男
<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>
アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女
【ティベリウス皇帝 関係】
<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官
<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。
【後のアグリッピナに関わる人物】
<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>
ウェスタの巫女の長
<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>
アグリッピナの盟友
<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>
アグリッピナの悪友
<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>
後のアグリッピナ刺殺犯