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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十六章「婚前の夜明け」乙女編 西暦27年~28年 12~13歳
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第十六章「婚前の夜明け」第二百八十七話

母の頬を叩いた右手は、今まで鬱積されていた母への不満や怒りで、拳を握り締めていた。


「あのアエノバルブス家は!アントニア様の奴隷だったアクィリアを!無残にも殺したドミティウス氏族です!そんな野蛮な人の血を持つ人と、お母様は私に結婚しろと言うのですか?!」

「誰よ?そのアクィリアって。たかが奴隷じゃない!」


あたしは母の言葉に、自分の耳を疑った。お父様が私に遺してくれた、唯一人道的な精神を、母はまるで下水道にでも吐き捨てるように言ったからだ。


「はぁ?!ゲルマニクスお父様が生きてた頃は、決して奴隷にだってそんな扱いはしませんでした!」

「時代が違うのよ、アグリッピナ!」

「時は変わろうとも、変わらぬ思いはあります!」

「貴女は子供で、しかもあたし達と一緒にいなかったから何も分かってないのよ!あの人の暗殺を計画したピソは、私達の奴隷を買収して毒を盛らせたの!」


父様を喪ってから、お母様の考え方は変わってしまった。奴隷に対する扱いもだ。後でクラウディウス叔父様が調査した結果では、お父様の奴隷が毒を盛ったというのは、お母様の勘違い。

ゲルマニクスお父様は原因不明の病に倒れただけだった。


「大体そんな事ぐらいで、生意気にも自分の母の頬を叩くなんて!?あんたの方がよっぽど野蛮じゃない!」

「野蛮なのはお母様方です!自分の娘が不幸になる事が目に見えてるのに!なぜわざわざそんな事をするのですか?!」


あたしは頑として譲らなかった。

これは自分の信念の問題だからだ。奴隷だとしても、まるで使い捨てるような人間の血を、あたし自身が受け入れることは、例え冥界の神に呪われても絶対に無理だったからだ!


「アグリッピナ!あんたがそこまで偉そうに親へ楯突くには、それ相応の覚悟もしているのでしょうね?!」

「ええ、もちろんです!あんな野蛮なアエノバルブス家と結婚するくらいなら、あたしは一人ででも生きていきます!」

「はーん?!やれるものならやってみなさいよ!どうせあんたなんて、世間知らずの箱入り娘なのだから!地下下水道クロアカ・マキシマで生活するのがオチよ!」


悔しかった。

アクィリアが正にその地下下水道で育ってきたからこそ、それが現実である事が分かっているからこそ、尚更悔しさが込み上げてくる。でも絶対に涙を流したくなかったし、母には負けたくなかった。


「あたしが結婚しなければ!困るのはお母様の方じゃないかしら!?」


母の逆鱗に触れた。

そして目と歯を剥き出した母から、私は何度も頬を殴ぐられた。それでも、首の上で頭を吹き飛ばされても、謝ることはしたくない。だって、痛さなんかより、怒られて悔しい気持ちより、もっと確実な事が分かったから。


「殴りたければ、何度でも殴りなさいよ!身内や親戚がめちゃくちゃになったのは、全部お母様のせい!お父様が死んだのもお母様のせい!!」

「?!」


すると、さすがに見兼ねた兄カリグラが、あたしと母の間に入った。母はそれでもいきり立って、無理矢理あたしを叩こうと迫ってきたが、あたしはワザと顔を突き出して、母へ嘲笑して見せる。


「アグリッピナ!お前いい加減にしろ!いくらなんでも言いすぎだ!お母様も、落ち着いて下さい!」

「これが落ち着いていられますか?!あの人を殺したのが!このあたしだと、そこのバカ娘は言ったのよ!!我が家の恥知らず!いいえ、もう娘でも何でもありません!」

「アグリッピナ!お母様に謝るんだ!」

「いや!絶対に嫌!!誰が謝るものですか!」


今考えれば、あたしは何も誰からもお咎も無く、この後よく生きていたと思う。母を父殺し呼ばわりした、不埒至極な女だったのにも関わらず。だが、この時の、婚約を巡る母との赤ら様な対立こそ、もう一人のあたしが目覚める瞬間でもあったのだ。


続く

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