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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十六章「婚前の夜明け」乙女編 西暦27年~28年 12~13歳
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第十六章「婚前の夜明け」第二百八十六話

私の婚前は、小都市フィデネの円形競技場で起きた大事故と、パラティヌス丘から程近い東にあるカエリウス丘の全焼火災という、血塗られた大惨事で幕が上がった。


当時のカエリウス丘は殆ど民家ばかりで、もちろんクラウディウス叔父様の神殿や水道橋も建造される前のこと。皇帝から寄せられた被災者への義援金は、皇帝不在に批判的だった多くのローマ民衆も見習い、自発的に援助を募っていった。そのお陰で、再建も早く終わり、これにより皇帝が首都ローマ不在であろうとも、ローマ国家が組織として十分に機能する事を証明してしまったのである。


「なんたる事だ!これでは我々元老院が無能である事を、まざまざと見せつけられているようなものだ!」

「先代であり市民の第一人者を自称するアウグストゥス様は、少なくともパラティヌス丘から我々と対等な目線で議会に参加されていた」

「これでは皇帝を上位として、我々元老院議員の権威の失墜を認めざるを得なくなる」

「だが、セイヤヌスがローマ市内に三箇所、郊外に六箇所と分かれて駐屯されていた親衛隊を、一箇所に集中させた事による結果も大きい」

「そして結果、民衆は今回の二つの大惨事を通して、ティベリウスへ傾いているのは間違いない」


苦渋を舐めさせられた元老院議員だが、皇帝への不必要なおべっかと、不毛な時間ばかりを割く議論を続け、自らの落とし穴に気が付かなかったのは正に彼らだった。そして、その隙をついたのが母ウィプサニア。


「何だとウィプサニア?あのティベリウスが自ら命を発したと?!」

「ええ、アシニウス。うちのアグリッピナは正式に、アエノバルブス家の長男グナエウスと結婚する事になりました」

「ユリウス家が皇族保守派から苦渋を舐めさせられている今、グナエウスが次期帝位継承者として上げられている。」

「つまり、これは我々一派には願ってもない好機!長男ネロとグナエウスが手中にいることは、クラウディウスの氏族も次期帝位継承者の対抗馬を出しづらいというわけ」


皇帝への不信感を募らせた元老院議員と、大惨事の国務に追われている養父から、私の婚約をどさくさに認めさせたのだ。ある意味、母の政治的手腕と鋭さは賞賛に値するかもしれないが、あたしは今でも納得していない。もちろん当時のあたしは願い下げだった。


「アグリッピナ、貴女の結婚相手が決まりましたよ」

「はい?」

「アエノバルブス家の長男グナエウスよ」

「え?」

「何?舌を抜かれたような顔をして」


聞き間違いでしょう?


「お母様、アエノバルブス家の長男って、ま、まさか?アントニア様のお姉様であるアントニナ様の?」

「そう。二年前に亡くなられたアントニナ様とルキウス様のご長男。これで貴女も安泰よ」


気が狂いそうだった!

だって、ルキウス・ドミティウス・アエノバルブスは、あの、あたしの大好きだったアクィリアを殺した男じゃない!だが、母は心から喜んでいる。


「嫌です!」

「はぁ?!」

「絶対に嫌です!」

「馬鹿な事を言わないの、アグリッピナ。相手は名門のアエノバルブス家で、今や次期帝位継承者としても名高いグナエウスなのですから」

「だから嫌だと言ってるんです!」

「アグリッピナ、貴女ねぇ……」

「私は結婚しません!」


さすがの母も、堪忍袋の緒が切れそうだった。両手を腰に添えて、私を威嚇するように畳み掛けてきた。


「これは皇帝であり私達の養父でもある、ティベリウス叔父様の命なのです」

「へ?ティベリウス"叔父"ですって?いつもは決してそんな風に呼んだことさえ無いくせに!」

「だまらっしゃい!それが母親に対する口の利き方ですか?!」


母は全くあたしの意見なんて聞く耳を持たない。いつもそうなのだ。そして最後には、自分一人で生きれるものなら、生きてみなさいと決め台詞を吐くのだ。


「結局あんたは、あたしが決めること全てが気に食わないだけでしょう?!」

「違います!お母様には決して分からない事があるからです!」

「言わなきゃ分からないでしょ?!」

「言ったところで、お母様の両耳は明後日方向を向いてるではありませんか!」

「いちいちうるさい娘ね!少しは長女らしいことして、自分の母親を喜ばす事をしてみたらどうなの?!」

「ならお母様は、今まで私の気持ちを汲んでくれたことがあったんですか?!」

「今、正に貴女の気持ちを汲んでるじゃない!グナエウスは次期帝位継承者なのですよ!」

「それが何ですか?!結局お母様の為の結婚じゃないですか!自分が認められないからって、娘を自分の道具に使うなんて親のする事ではありません!」

「いい加減になさい!」


母の平手打ちが飛んできた。

頬はビリビリと震えて痛かったけど、でも、あたしだって決して負けなかった!生まれて初めて母の頬を叩き返したのだ。


「ア、アグリッピナ?!」


続く





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