第十六章「婚前の夜明け」第二百八十一話
さて、大人達の喧騒が続く頃、あたし達ガキンチョ三姉妹はどうだったかというと……。
「お姉ちゃん!!!」
とにかく生意気盛りな末妹リウィッラに、色々と振り回されていたのだ。あたしは結構楽しんでたけど、リウィッラは次妹ドルシッラとしょっちゅう喧嘩してた。お香のあげ方から、食事の仕方まで。まぁ、とにかくリウィッラはよく喋っては、いちいちドルシッラに楯突いてたっけ。
「だいたい、ドルシッラお姉ちゃんはババアくさいの!なんでもかんでも、"これは決まりだから"とか、言っちゃってさ」
「リウィッラ!あんた、ババアくさいって何よ!自分の姉に向かってなんて口の利き方してるの!」
「たかが二歳離れてるだけじゃない!自分はウェスタの巫女然としてるけど、結構ドルシッラお姉ちゃんの性格悪いの知ってた?」
「あ、あたしのどこが性格悪いのよ!」
「だって、あたしにはそのオカズ少なくよそってるじゃない」
忘れてた。
リウィッラの食い意地はユリウス家随一。ちょっとでも自分の分が少ないと、ギャーギャー吠え出すのだ。
「ふぅー。リウィッラ、私はあんたの事を考えて、よそっているの。だいたいあんたは欲張りなくせに、いっつも残すじゃないのさ!」
「な、何よ!お腹いっぱいになっちゃう時だってあるじゃない」
「せっかくよそっても残したら、もったいないじゃない」
「そんなら、奴隷に食べさせた方が、もっと効率がいいでしょ?いいから私にそのおかずよそって!」
もくもく最初は食うのだが、リウィッラの飽きは早い。気が付くと面倒になって残して、絞殺現場を残したまま、すでに自分の好きな事に没頭している。
「んもう!だからリウィッラはよそい過ぎると、いつもこうなんだから」
「ドルシッラ、いちいちカリカリしても無駄よ。あの子が言うこと聞くわけないじゃない」
「アグリッピナお姉さん」
「とにかく片付けておきなさい」
私は食間のトリクリニウムから歩いて、アトリウムにある雨水を貯めるインプルウィウムへ向かった。
「アグリッピナお姉ちゃん?」
「リウィッラ、少しくらいは、自分の食べカスくらいは処理しなさいよ。あんたが食べるって言ったんだからね」
「あたし食べれるって一言も言ってないよ」
確かにそう。
こいつのあざとい所は、いざという時に、自分の不利になるような事は一切言ってない。ある意味ストア派の哲学者並みの屁理屈をかましてくる。ムキになったものの方が負けなのだ。
「アグリッピナお姉ちゃんは、何で怒らないの?」
「怒る?あっははは!あたしがあんたくらいの時は、もっと我がままだったかな?」
「嘘、お姉ちゃんはワガママになったことないよ」
「ったく、生意気な妹が」
でも、あたしはこいつが可愛いかった。人一倍甘えたいのをぐっと堪えながら、我慢しているのが分かってたから。何も言わず抱き寄せて、ゆっくり頭を撫でることぐらいが、こいつにできること。
「あたし、別にドルシッラお姉ちゃんの事、嫌いじゃないよ。ただ、ムカつくだけ」
「大丈夫、あたしもムカついてるから」
「また、嘘。アグリッピナお姉ちゃんって、意外に人に気を遣うの得意だから」
こいつって、ガキのくせに生意気な事言ってるけど、間違った事は当てずっぽうで言わない。
「でも、お前のこと、あたしは好きだからだよ」
「それは本当だね」
「いちいちお前は解説があり過ぎるんだよ」
「いいじゃん、あたしもアグリッピナお姉ちゃん大好きだからさ」
「はいよ」
そうやって、いつものようにあたしがリウィッラを抱き寄せると、ある程度まではこいつもゆっくりあたしに抱かれたままでいる。暫くしていると、リウィッラが血相を変えて、あたしに何かを訴えてきた。
「お姉ちゃん!アグリッピナお姉ちゃん!大変だよ!血がインプルウィウムにいっぱい流れてるよ」
「は?」
気が付くと、あたしの両足の間から、ダラダラと血が流れていた。結構物凄い量の血が流れている。あたしはどっか怪我したのかと、ストラを捲って色々眺めたが、外傷はどこにもない。
「アグリッピナお姉ちゃん、どうしたの?!これ、ヤバイよ!」
そう、この時初めて、あたしは月経を体験したのである。
続く