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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十五章「狂奔の調べ」乙女編 西暦27年 12歳
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第十五章「狂奔の調べ」第二百八十話

セイヤヌスには断りが必要だった。

更なるティベリウスからの信頼を勝ち得るため、そして己が皇族の一員になるための断りが。その為、慎重に二つの事を進めようとしていた。


一つは、身を粉にしてティベリウスへの忠義を中心に置き、同時にウィプサニア一派の外壁を壊すこと。政敵の身辺を国家反逆罪で摘発するために、密教トゥクルカの信仰心で囲んだ密告者を利用し、摘発者から没収した財産を餌に告発者を集う。それと同時に、証拠を議会へ提出して正規の手順を踏んでいく必要がある。


もう一つは、皇族に足り得る己の存在価値を、ティベリウスへ忠実な仲間に知らしめること。それにはリウィッラ叔母様との再婚が不可欠。ドルスッス伯父様亡き後、寡婦となられたリウィッラ叔母様と再婚する事で、自分が企てた毒殺の容疑さえも隠蔽する必要もあったからだ。


「教祖、やはり想定した通りでしたよ」

「そうか、セクンドゥス」


密教トゥクルカは教祖と呼ばれるセイヤヌスを頂点に組織化され、腹心はキメラと呼ばれるセクンドゥスである。彼らは二人三脚で多くの信者を獲得し、公共事業費など横領しながら組織を拡大していった。


「ウィプサニアの外壁連中を陥れるには、先ずはあの長男ネロの周りから攻め、名誉を穢す事が先決かと」

「大々的には行うな。あくまでも自然な形で摘発するのが好ましい。それと陛下は証拠不十分な摘発や、告発者不在の罪状承認は好まない」


だがセクンドゥスには一つ気に食わない事がある。それは、この間のスペルンカ落盤事故での牛魔皇帝救出劇以来、セイヤヌスがいちいちティベリウスを"陛下"と呼ぶ事に慙愧の念を持たないからだ。サビニ人を祖とする憎きクラウディウス氏族に対して、『公』はともかく『私』での敬いなどは必要無い。それがセクンドゥスの心意だからだ。


「うん?どうした、セクンドゥス」

「いえ、何でもありません」


だが、腹心の不服はすぐに感じ取るセイヤヌス。


「その不服そうなツラは何だ?言ってみろ」

「はい。教祖は『公』ならいざ知らず、『私』においても、牛魔ティベリウスに対して敬う呼び名をしております。何故ですか?以前は決してそんな事は全く無かったではありませんか」

「そうか?素姓の癖とは、『公』に立った時にこそ、恥ずかしいほど出るものだ。だからこそ、我らエトルリアがローマ国家からその優位性を奪還した時にこそ、属州や敵国に恥ずかしくない態度が取れるようにしなければならない。違うか?」

「それはごもっともでございます。しかし、牛魔皇帝ティベリウスは、我々の祖先を陥れた氏族の末えいです。教祖を崇める何万の信者達にも、示しがつきません」

「そんな事はない。私はティベリウス陛下と共に、ローマ執政官の道を約束されている身なのだぞ。正面を切って対立するよりも、今までのように内部から侵食するには都合が良い。信者共も歓迎するはずだ」

「しかし、彼らはトゥクルカ様の教えに忠実に信仰し、打倒牛魔皇帝ティベリウスを念頭に、いえ希望として生きている者たちばかりです」

「己は何を感傷的になっている。信者の想いだと?そんなものだけでローマを奪還できるのなら、とっくの昔にローマは滅びているはずだ。甘く見るな!ここはローマ国家だ。全世界から英雄視される、あの神君カエサル様を生み出したローマなのだ!」


セクンドゥスは憮然としている。まるでその言いぶりは、セイヤヌスの政敵である筈の、母ウィプサニア一派のスローガンそのものに聞こえるからだ。


「それでも釈然としないか?セクンドゥス。体制に対して革命を叫んで投石する事は、一見すると質の良い勇猛果敢さに見えるだろう。だが、あらゆる状況において、常に慎重さを欠かさず、冷淡なほどの量と数で勝敗は決まるものだ」

「……」

「その状況下において、貴様はこの俺に何万の信者と共に体制へ投石しろというのか?馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しいですと?しかし、密教トゥクルカの始まりこそが、そうしたエトルリア人の根底に流れる悔しさに支えられてるではありませんか!」

「貴様はどうやら分かっていない!エトルリア人を追い出したこの共和政のローマの門が、信者の悔しさや投石だけで開かれるとおもうか!?見てみろ!ユリウス家とクラウディウス家達の保守的な血脈の流れを!例えローマ国家や帝位を我々エトルリアの血を引く者たちが奪えたとしても、彼らの神威や名誉なくして、ローマ国家を支えるローマ市民達からの民意を得られることは無いのだ!」


セクンドゥスは一応に理解は示す。

だがどうしても、セイヤヌスの考えには納得はできない。


「言葉が過ぎてしまい、大変申し訳ございませんでした、教祖」

「上には上のやり方が、下には下のやり方があるのだ。貴様も素姓の癖を直しておいたらどうだ?」

「はい。では、引き続きウィプサニアの長男ネロの身辺に、罠を仕掛けて参ります」

「……」


セクンドゥスの目に写る今のセイヤヌスの姿は、以前のような寡黙なまでに憎しみを煮えたぎらせ、トゥクルカを神と掲げながら、打倒ローマに猛進する教祖でなくなっている。むしろ、自分達はセイヤヌスに利用されているのでは?そんな一抹の不安が、じわじわと去来し始めていた。


続く


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