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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十五章「狂奔の調べ」乙女編 西暦27年 12歳
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第十五章「狂奔の調べ」第二百七十九話

「クラウディウス、トゥクルカはキメラの死の際に、その魂を土の中で葬り去った事により、誕生したとも言われているのでしょう?」

「流石ですね、リウィア様。まさにその通りです。ですからキメラとトゥクルカは切っても切り離せない関係です」


今まで見せた事のない、険しい表情を浮かべているリウィア様。当然そばにいる伯父様も、ゴクリと喉を動かし、今わかる範囲の情報を報告された。


「つまりキメラとは彼らがこのローマで活動する上でも隠れ蓑。ローマ国家をエトルリア人の手で奪還すべく、彼らは密教トゥクルカという組織を作り出しているのです」

「では、大体彼らがなぜ、ローマ国家を奪還することを目的としているの?」

「ご存じでらっしゃいますか?エトルリア出身の五代目王プリスクスを斧で暗殺したローマ人が、どこの氏族を祖としていたのかを?」


蒼ざめるリウィア様。

何故ならば、その事実が既にご自分の体内に流れてらっしゃるからだった。


「ま、まさか!?私達クラウディウス氏族の?」

「そう、祖先であるサビニ族です!」


長き争いを重ねた中での、サビニ系ローマ人とエトルリア人との怨恨が、今まさに、再び顔を出そうとしているのである。神妙な面持ちの伯父様は、歴史から学んだご自分の解釈を広げる。


「今までのローマ国家は、外部からの敵に押された時でも、その圧倒的な軍需力で巻き返しをしてきました。そしてローマが内部分裂した時も、やはりその軍需力と聡明な手段で解決法を見出してきました。それはひとえに、ローマ国家に属する事への誇りを持っているからと考えます」


さらに一歩踏み出した伯父様は、今回の事象が今までとは違った、国家の未来を揺るがす『見えざる脅威』である事を暗示する。


「しかし彼らは、民族に流れる怨恨の連鎖を密教トゥクルカの信仰で繋げ、現在の政権に対する市民の不平不満を巧みに増大させ、国家の根幹であるローマへの誇りや信仰を、人間の内部から揺らがせようとしているのです!」


すると、懐から二枚の黒硬貨を出し、大母后リウィア様へそれを渡すクラウディウス伯父様。


「これは彼らの硬貨です」

「つまりこれは、ローマ国家を破壊するのではなく、そのままエトルリア国家にするということ?」

「はい、十分に考えられます」


右手で頭を抱える大母后リウィア様は、この黒い硬貨に嫌悪感を示した。同時にご自分の不覚さを悔いても悔いきれぬようである。


「リウィア様、その黒い硬貨、誰が落としたとお思いでしょうか?」

「誰?」

「サルビアヌス・オトの長女で、寡婦ウィプサニアの次男ドルススの恋人であるサルビア・オタです」


更なる事実が、大母后リウィア様の胸を締め付ける。既に身内にも侵食が始まっていたのだ。


「サルビアヌスは、確かエトルリア出身だったわね?」

「ええ。そして最近のドルススがセイヤヌス一派へ寝返った事は誰もが知る事実。その裏に、密教トゥクルカの存在や、セイヤヌスと結託したサルビアヌスの存在がなかったとは言えません」


クラウディウス伯父様の展開する『見えざる脅威』が、決して偶然の産物でないことが明らかになった。


「ドルスッス様はあともう少しのところで教祖らしき人物を取り逃がしてしまったのです。それ以降、元気だったドルスッスさんが突然恐水病とされて亡くなった」

「……」

「母アントニアは取り合ってくれませんでしたが、私には到底ドルスッスさんが病死されたようには感じられないのです!これは明らかに何者かによる暗殺……」


だが、言い過ぎた伯父様の口は、しっかりリウィア様の手で塞がれた。そして辺りを見渡しながら、ゆっくりと小さな声で耳元で囁く。


「クラウディウス。貴方の言わんとしている事が、どれほど危険であるか分かっているのでしょうね?」

「??」

「アントニアが取り合わない気持ちも分かるわ。つまり私の孫のドルスッスは、私達身内の誰かに暗殺されたってことよ」

「!?」


口を塞がれたままの伯父様は、射抜くようなリウィア様の考えに震え上がった。だが、感情とは反して、歴史から多くを学んでいた伯父様には、それが嫌と言うほど、理に適っているのも確か。ようやくリウィア様は、伯父様の口から手を離す。


「この事は、決して口外はなりません!この件は、私に任せて頂戴」

「大母后リウィア様!」

「もし相手が我々の想定する人物ならば、次の一手は必ずウィプサニアと私との仲を引き裂こうと色々と工作をしようとしてくるはずよ」

「そうなれば、もはや個人で済まされる問題ではありませんよね?!」


心配をする伯父様を他所に、不思議と大母后リウィア様の瞳は神々しく輝いていた。それどころか、安らぎに満ち溢れた笑顔までも携えている。


「安心なさい、クラウディウス。私がこの命を掛けてでも、ローマを乗っ取ろうとする愚か者達から守ります。それがあの人との、心からの誓いなのですから」


第一人者アウグストゥス様の妻。

そしてユリア・アウグスタを名乗るリウィア・ドルシッラ様の強固な意志は、ローマの内乱時代をくぐり抜けてきたからこその、全世界に強く平和を求める、偉大なる想いで支えられているのであった。


続く


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