第十五章「狂奔の調べ」第二百七十五話
次兄ドルススお兄様は、人を簡単に信用しなくなっていた。
それはネロお兄様とは違う形で、日々元老院議員との巧妙なやり取りを覚えていったからだ。さらにセイヤヌスの一派として、長男ネロお兄様へ猛威を振るっていた。まるで今まで二番手であるという鬱屈した心情を、ここぞとばかり吐きだすが如く。だが、ネロお兄様は以前よりもだいぶ大人になられて、ドルススお兄様に対して本気で取り扱おうとはしなかった。
「くそう!ネロめ!馬鹿にしやがって」
「焦りすぎだって、ドルスス」
「そうさ、ドルススくん。娘のサルビアの言うとおりだ。セイヤヌス様だって、今は自重されよと申しているではないか」
「サルウィウス・オト様はこのままで良いんですか?ティベリウス皇帝陛下がローマ不在であることを良い事に、あのネロは!次々と自分の威信を高めるような発言をしてるんですよ!」
「うーん、それはどうか分からないが、君を無視している事は確かだな」
「それがむかつくんでしょ?ドルススは?」
「なんだと!?」
サルビアの指摘は当たっていたが、だからこそドルススお兄様の逆鱗に触れる。その目つきはサルビアを射抜くようで、誰から見ても怖かった。
「これ、サルビア!申し訳なかったドルスス様。娘には私から厳しく言っておきます。ちゃんと礼儀正しく謝りなさい」
「ドルスス、申し訳ございませんでした」
「......」
ここのところ、ドルススお兄様はサルビアとの仲がうまく行ってなかった。飛ぶ鳥を落とす勢いで、傲慢不遜さを身につけたドルススお兄様だが、サルビアはいつも結婚をはぐらかしてしまう。当然彼女が密教トゥクルカの信者で、教祖セイヤヌスの指示で、ドルススを自分達の一派へ誘い込むのが目的だったことなど露知らず。
「お父さん、そろそろ私はお祈りの時間なので」
「そ、そうだな。では、ドルスス様、私達はそろそろ」
「サルビア、途中まで送っていくよ」
「え?」
サルウィウス・オトは焦った様子で、なんとかドルススお兄様の機嫌を取るようにして、自分の娘と引き離そうとした。だが、最近の傲慢なお兄様は気になり、サルビアを送ることにした。
「ほ、本当にもう大丈夫だから、ドルスス」
「これから祈りの時間なのだろう?どこの神殿に行くんだ?」
「あ、あのね、ドルスス。お願いだから、もう帰って頂戴」
すると、先ほどと同じような、サルビアを射抜くような眼光へ変わった。
「またか?」
「え?」
「セイヤヌス様によって俺と再会した時、お前は泣きながら、自分の不甲斐なさを呪わずにはいられなかったと言ってたじゃないか」
「ええ、それは本当よ」
「ならどうして、この俺を最近は邪険にする?」
「邪険になんかしてないわ。ただ、祈りは神聖な女性のみの時間と精神統一が必要なの。ドルススは男性でしょう?」
「そうか、分かった。帰るよ」
でもドルススお兄様はサルビアを信じず、帰る振りをしながらインスラの壁の傍で隠れていた。人を簡単に信頼するようなことは無くなっていったのである。
「?!」
キメラと書かれた店の中へ入っていくサルビア。その建物から笑い声が聞こえてくる。どうやら、祈りの時間や精神統一の時間でもない。
「おいで、サルビア~」
「もう~!こんなところで!エッチ!マルキス!」
サルビアの父サルウィウス・オトはどうにか皇族との繋がりを求めて、サルビアにはドルススと結婚をして欲しかったようだけど、彼女には自分が信仰する密教トゥクルカに通う、おなじ信者マルキスと愛し合っていたのだ。
「ドルスス?!」
「これが、お前の祈りの時間か?サルビア!」
続く