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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十四章「衰勢」乙女編 西暦26年 11歳
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第十四章「衰勢」第二百七十三話

信頼と忠義は、常に甘い蜜である。


それらはセイヤヌスにとって、理解しがたい感情の群。まるで旧知の友へ再会したようなティベリウスの表情は、利害と裏切りという闇の世界をうろついていたセイヤヌスの心を困惑させるに十分だった。


「わしを友のように、信頼してくれぬか?セイヤヌス」

「はい!」


親の期待に応えたい幼い子供のように、その返答には純真無垢が誰の耳にも感じられた。さらに執政官が約束された未来。ローマを支配しようとする強固な野望は、まるで卵の殻を破るように、弱き心を曝け出していく。


「良かったのう、セイヤヌス殿」

「ネルウァ様」

「貴様も我らの仲間だ!」

「ありがとうございます、アッティクス様!」


二人の微笑ましい表情が、常に慎重なセイヤヌスの反応を鈍られている。少なくとも、ネルウァ様が母ウィプサニアの後ろ盾であることを知っていたはずなのにだ。


「我が友よ、握手を」

「はい」


実直に自分を見つめるティベリウスの瞳は、今までの上下関係をはるかに超えた様を表している。だが、同時に天井にある岩盤の隙間からは、小粒の砂がパラパラと降ってきた。微かな隙間から落盤の罠を実行しようとするサトリウス・セクンドゥス達。差し出されたその手の先に、正にセイヤヌスが手を組もうとした時だった。


「よせ!キメラ!」

「?!」


激しい音が地面を叩きつける。

重厚な岩盤が粉々に砕け散り、肉が切り裂かれ、無数の骨が砕かれる音と共に、辺りに噴煙のような砂煙が立ち込める。あっという間に落盤の下敷きになった人間達の、血の海と化していた。


「ティベリウス!!!?」

「アッティクス!!ティベリウスは!!」


見るも無残な遺体の数々。

広間のそばに居たギリシャ人達は即死し、帰らぬ姿になっていた。ネルウァ様達が目を凝らして気が付くと、間一髪l広間の奥に追い出されたティベリウスが、必死に何かを探している。


「ティベリウス!!」

「無事じゃったか?ティベリウス!」

「わしの事はいい。セ、セイヤヌスだ。セイヤヌスはどこだ?」


だが、返事は無い。

ギリシャ人の死体から噴き上げる、生々しい血の音ばかり。ようやくその遺体の下から、親衛隊の紋章を象った腕輪をはめた右腕が、血だらけになりながら救いを求めている様が立ち上った。ティベリウスは自慢の腕力で辺りの死体を掻き分け、負傷したセイヤヌスの身体を起こした。


「へ、陛下……?お、お身体の方は?」

「貴様が身を艇してわしを救ってくれたおかげで、この通りだ」

「そ、それは良かった」


だが、負傷して身体から血を流しているセイヤヌスの容体は、やはり思ったよりも良くはなかったようだ。すぐにネルウァ様は医者を呼び寄せ治療し、ティベリウスは暫くの間、セイヤヌスを絶対安静の休養を取らせることにした。だが、セクンドゥスは別の考察を既にしている。自分達の教組はティベリウスを救い、更に負傷まで演じて信頼を勝ち取ろうとしていると。真夜中、皆が寝静まった頃合いを見計らったセクンドゥスは、セイヤヌスの寝室に忍び込む。


「我が腹心キメラ、セクンドゥスか?」

「はい。一つお聞きしたい事がありまして」

「何のようだ?」

「なぜ、牛魔皇帝ティベリウスを救ったのです?教祖。これもやはりティベリウスの信頼を勝ち取り、奴らを油断させる手段の一つでしょうか?」

「いや……。そうだと良かったかもしれない」


セクンドゥスの鋭い眼光が、天井を眺めるセイヤヌスの穏やかな目を眺めている。


「不思議だった。諂いが嫌いなもの同士の、一瞬の感情の起伏だろうか?いや、そんな感傷的な問題ではないな。むしろ、共存共栄を一瞬だけ見た気がした」

「何を言っているんですか!?本来は、あの牛魔皇帝を暗殺するはずだったでは?密教トゥクルカの信者達も、その朗報を今か今かと待っているのですよ!」

「安心しろ、セクンドゥス。トゥクルカ様の捧げ物にする牛は、もっと太らせてからの方が効果的だ。それは変わらない。だが、今ではダメだ」

「何故です!?」

「ティベリウスは泣きながら、私と共に執政官になってくれと約束したんだ。私があの牛魔と共に執政官になった時こそ、奴を暗殺する好機だ!」

「執政官ですと!?そ、そんなクラウディウス氏族の戯言を信じるのですか!?子供でもあるまいに、馬鹿馬鹿しい約束を!!」


だが、セイヤヌスから取り出された短剣の先は、既にセクンドゥスの喉元ギリギリまで近づいている。一瞬の動きに全てを奪われ、三日月のような殺意を持ったセイヤヌスの眼光で、セクンドゥスは死を覚悟する他なかった。


「我が心の侮辱は許さない。二度目は無いと思え、セクンドゥス」

「は、はい、教祖」


甘い蜜に溺れ始めたセイヤヌスの心が、自分の腹心へと牙を向け始めた瞬間であった。


続く





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