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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十四章「衰勢」乙女編 西暦26年 11歳
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第十四章「衰勢」第二百七十一話

母ウィプサニアを見限った養父ティベリウス。彼は最高神祇官として、カンパニア地方のカプアとノラへ向かった。


同行したのコッケイウス家ネルウァ様を筆頭に、上級ローマ騎士クルティウス・アッティクス、そして親衛隊長官セイヤヌス。その他の取り巻きはギリシア出身の文人達などである。名目はユピテルの神殿とアウグストゥスの神殿を奉献するためであった。だが、実際には、皇帝がローマを離れて隠遁生活を送る為の計画を、最も信頼のおける仲間で話し合いを行うこと。カンパニアに滞在した彼らは、父ゲルマニクスの遺灰を受け取った港町タラキッナに近い、スペルンカと呼ばれる洞窟を館に作り替えた別荘で会食をしていた。


「それにしてもティベリウス。セイヤヌスとピラトゥスの行ったユダヤ人追放政策は、本当に素晴らしく見事な手腕だったと言わなければなりますまい!コッケイウス家の私としても、鼻高々じゃったわ」

「さすがに親衛隊長官セイヤヌスである。このクルティウス家を代表するアッティクスも、両手離しで称賛させていただこう!」


だが、セイヤヌスは乾いた笑いをしていた。その政策は自分が行ったわけではなく、しかもピラトゥスと共謀して母ウィプサニア一派を陥れようとしていた計画が、水の泡となってしまったからだ。だが、不思議なことに、ピラトゥスはその政策の手柄として、ユダヤ属州の総督官に就任し、セイヤヌス自身はティベリウスからの絶大なる信頼を勝ち取り、このように仲間内だけで秘密裏に行われる計画に参加できているのだ。


「どうした?セイヤヌス。ネルウァやアッティクスの称賛でも不満か?」

「あ、いえ、皇帝陛下。聡明で高名なお二人から称賛を頂けるなど、エトルリア出身の私にはもったいない事でございます」

「堅苦しい挨拶は無しだ、セイヤヌス」

「はい、皇帝陛下」

「セイヤヌスは私と同じ騎士出身のローマ人なのだからな。もっと胸を張ってもらいたいものだ」

「はい、ありがたき幸せでございます、アッティクス様」


酒に酔って気前の良いティベリウスは、恐縮しているセイヤヌスの方を肩や背中を何度も叩き、葡萄酒を何度も注いでは飲ませている。さすがのセイヤヌスも、ここまで葡萄酒を飲むことはなかった。注がれたコップを持ちながら、ティベリウスの方を見ると、彼は既にさっきまでの葡萄酒を飲み干している。


「ビベリウスめ!」

「たははは、ネルウァめ。その名前は懐かしいな?」

「ビベリウス......とは?」

「セイヤヌス殿。お主の仕える皇帝陛下は、大酒呑助のビベリウスじゃ」

「あはははは!わしの名前を、こいつら二人は昔から酒に例えているのだ」


酒神バッカスを狂信するマイナデスの呪いさえも、掠れてしまうほど大きな笑い声がこのスペルンカに広く響き渡る。洞窟を作り直した館といっても一見質素な作りに見えるが、実際には贅沢な人材と素材を集め、自然の美しさから際立つ形になっている。ここにはいわゆるローマに建築されている神殿のような、一般的な円柱の類などは一切ない。ただ、あるのはセイヤヌスが仕掛けた天井の罠があるのみだが。


「それで?ビベリウス。ウィプサニアはどうだった?」

「あー!話にならん、アッティクス」


ウィプサニアの名前を聞いた途端に、ティベリウスは不機嫌そうにアッティクスへ手を払った。


「名ばかりの共和政元老院議爺達がやっている、不毛な話し合いを続けるのと同じだ。結局、行きつくところは、自分の腹黒い欲望を満たすだけのことしかない」

「ほう。さすがの大酒呑助ビベリウスもだめか??」

「あははは、アッティクス!陛下は、この口が真実しか語らないのを、ごぞんじ無いのじゃろう」

「全く、ネルウァは。年上のお前に陛下などと呼ばれるのが、一番気味が悪い。あはははは!」

「酔っ払いが酔っていないと言うものと一緒だな?ビベリウス」


アッティクスにネルウァ様にティベリウスの三人は、苦楽を共にした飲み仲間であり、ともに葡萄酒を水で薄めない酒豪たちである。その仲にセイヤヌスが今回初めて同席している。彼ら三人に委縮したセイヤヌスは、敬う言葉を話すべきなのか?それとも彼らと同じように振る舞えばいいのか迷っていた。


「どうした?セイヤヌス。お前も飲め」

「あ、いえ。少々外しても宜しいでしょうか?」

「なんだ?」

「お小水です」

「小便だと?そんなものはここでしろ」

「ビベリウス、セイヤヌスは一応騎士だからな。自分の使える者の前では、アントニウス様のような態度は取れないものだ」

「だが、いずれ貴族のしきたりも覚えないとな?あはははは!」

「失礼致します」


セイヤヌスは嫌気がさしていた。

確かに『公』は『公』、『私』は『私』と分けるローマ男性であるが、根底の美徳は酒飲みで豪傑である事には変わらない。


「クッソ!あの大酒呑みの連中はなんだ?セクンドゥス!!」

「所詮、カエサルの名を継ぐ者でも、最高神祇官であっても、ローマ人の個人の時間は常に堕落しているものです」


サトリウス・セクンドゥス。

密教トゥクルカの副教祖キメラの位を担当している、エトルリア民族意識が強い人間である。


「天井の準備は出来ているな?」

「はい、いつでも」

「フフフフ!正にここは、ティベリウスの最後の舞台として、我らエトルリアを支配した地下の悪魔トゥクルカの呪いに相応しい場所だ!」


続く

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