第十四章「衰勢」第二百六十七話
セイヤヌスとピラトゥスは困惑した。
ネルウァ様の妙案は、大母后リウィア様の真意をティベリウスに悟られる事なく遂行された。ローマに住むユダヤ人全員を追放。しかも、その手柄はセイヤヌスとピラトゥス。これには、母ウィプサニア一派へ嫌疑を掛けようと、悪巧みを働かせていた二人を見事に困惑させてしまう。
「これは、一体どういう事ですか、教祖?」
「我々の手柄とは......」
「ウィプサニア一派へ嫌疑を掛ける目論みは、ユダヤ人全員を一時的に追放を強行した事によって水の泡。これはティベリウスの罠に違いありません」
「だとしたら、元老院がお前をユダヤ属州の次期総督などに、わざわざ任命するものか?」
「た、確かに……」
「それにティベリウスは、少数でカンパニアに出向くので、私へ一緒についてきてほしいと懇願してきたのだ」
「カンパニア?なんの為に?」
「どうやら『あの計画』を遂行するための会議のようだ」
「『あの計画』?」
疑い深いピラトゥスと用心深いセイヤヌス。しかし二人はいくら思案を巡らせたところで、ネルウァ様の妙案に隠された意図にたどり着くことはできない。手柄と褒美と称賛というものは、悪党二人の警戒心を時にはあっという間に解いてしまう力もあるのだ。
「名目はカプアでユピテル、ノラでアウグストゥスの神殿を奉献するらしい。その後に、ゲルマニクスの遺灰を迎え入れた港町タッラキナで、死者達の霊を弔った後、隣接するティベリウスの洞窟の館である別荘スペルンカに滞在する」
「メンバーは?」
「コッケイウス家のネルウァ、上級騎士のクルティウス・アッティクス、それ以外は文人のギリシア人どもだ。」
「その少数だけで、その、教祖の仰る『あの計画』が会議されるわけですか。一体なんなんですか?」
セイヤヌスは自信満々に、自分だけにティベリウスが漏らした秘密をピラトゥスに語る。
「まだ非公式のものであるが、最近の元老院とのギクシャクした関係を見ていると、ローマを離脱するのはあながち冗談ではなさそうだ」
「ローマを離脱!?」
「既にロードス島へ隠居したことあるティベリウスだ。ローマ国家の運営がしっかりとなされれば、下らない元老院からの提案に頭を悩む必要もあるまい」
血気盛んなピラトゥスは、まるで開眼したような興奮した口調でセイヤヌスにある提案を出す。
「教祖、ティベリウスをやるならその時が一番です!」
「な、なんだと?!」
「ウィプサニアの長男ネロは、最近ローマ市民から顰蹙をうけています。しかしあなたは既に、市内に分かれて駐屯していた親衛隊を1ヶ所に集中させ、同時に親衛隊の力と威信を既に掌握した。これはローマ市内を掌握したも同然!」
「な、何を馬鹿な事を」
セイヤヌスは悪い気はしなかったが、ピラトゥスの持ち上げる話には、一応懐疑的な振りをしている。
「馬鹿なことなどではありません!現在『トゥクルカ』の信者の正確な数を把握されていますか?ミトラ教の奴らにも匹敵するほどです!今こそ、信者の為にもティベリウスをやるべきです!」
「それでその後はどうする?各地にばら撒かれているローマ軍が、一斉にめがけてやって私の首を奪いに来るだろう。"我々"がローマを奪還できる見込みは皆無だ」
「時には大胆さが必要です!あのブルートゥスでさえも、列柱廊でカエサルの暗殺を行っているではありませんか!」
「その話は知っている。ポンペイウス劇場へ続く列柱廊でだろう?」
「ええ!貴方の石像もある、ポンペイウス劇場でですよ」
「列柱廊?……か」
「どうしたのです?教祖」
好機と判断したセイヤヌスは、あらゆる想定を思考した上で、己の考えついたアイデアを自慢気に披露する。
「共和政支持者のブルートゥス達は、独裁者からローマを奪還する名目であっても、わざわざカエサルをポメリウムの外で暗殺しなければいけなかった。だが、ティベリウスを殺すにはローマから嫌われる置き土産だけがあれば十分だ」
「ローマから嫌われる?」
「皇帝の職務を全うせず、ローマから離れたので神々に呪われたと思わせればいい」
「なるほど!」
「洞窟の館では落盤事故などよくあることだ」
こうしてセイヤヌスは、ピラトゥスに唆される形で、第一回目のティベリウス暗殺を実行するのである。
続く