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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十四章「衰勢」乙女編 西暦26年 11歳
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第十四章「衰勢」第二百六十五話

母の執拗な養父ティベリウスへの攻撃が増し、それに同調する長男ネロ。だが、セイヤヌスと深い関係を結び始めた次兄ドルススは、反旗を翻すが如く、私達家族を危険にさらしていく。


「実の兄でありながら、何と嘆かわしい事か?!礼節を重んじるローマ市民及び元老院において、育ての親とも言えるティベリウス皇帝陛下に対し、父ゲルマニクス毒殺の陰謀を高らかに謳い上げるなどとは!実の弟としてなんと嘆かわしい!」

「ドルスス!貴様!それが自分を育ててくれた母親に向ける言葉か!?」

「二人ともやめんか!ここは明日のローマを話し合う元老院議会であって、兄弟喧嘩をする場では無い!」


ほくそ笑んでいるのはただ一人、セイヤヌスであった。全てが順調に、そして皇族の崩壊が軋む音も聞こえてくる。更に彼が仕向けた罠としては、ポンティウス・ピラトゥスと共謀した、ユダヤ人コミュニティに関わる事件であった。


「セイヤヌス様、お久しぶりです」

「うむ、ピラトゥス。元気であったか?」

「はい。"あちら"の方はいかがでしょうか?」

「実にうまく行ってる。"我々"が再び返り咲く日も、そう遠くはないだろう」

「そうですか、それは良かった」

「ところでピラトゥス、お前に頼みがある」

「はい」

「最近、ティベリス河の北南付近にある、ユダヤ人のコミュニティを一掃するようだが?」

「はい」

「その時に、このリストにある人間を、そのコミュニティと関わりのある人物として嫌疑に掛けたい」


それは母を中心とした一派であった。当然ネロお兄様やアシニウスの名前も入っている。


「なるほど。」


ユダヤ人達の信仰する宗教は異質であった。ローマの属州にいながら、自分達の崇める神よりも、皇帝を上位に立たせたくないという理由で、何度も反乱を起こしている。彼らの異質な風習は、多くの神を崇めるローマ市民からも恐れているほどであった。


「しかし、これはかなり危険な賭けにも感じますが?」

「だろうな。養父のティベリウス皇帝陛下の機嫌を損ねるかもしれない」

「では、なぜわざわざそのような真似を?」

「要は嫌疑さえあればいいのさ」


セイヤヌスはゆっくりとピラトゥスのそばを歩きながら、含み笑いをして語り出した。


「火の無い所に煙は立たない。だが、火の元を少しだけこちらから与えておけば、噂という風がこのローマへあっという間に吹いてくれる」

「ユダヤ人に関わっている人間が、まさか自分達の家族からいるなどと思ってもいないでしょう。皇族派連中を叩き落すには、十分な置き土産になりそうです」

「あの牛魔を転がすのは容易い。あくまでも自然に疑惑という火の元を見つける振りをするのだ。これがうまくいけば、ピラトゥス。お前はティベリウスからも恩義を頂けるだろう」


すると二人はすぐさま、自分達の会話を遮断するかのように、真横の壁を歩いていた人物に警戒する。その老人は、コッケイウス家のネルウァ様だった。


「おお、便所は何処だったかの?」

「こ、これはこれは、コッケイウス家のネルウァ様!」

「おお、セイヤヌス殿。うん?そこにいるのは?」

「ポンティウス・ピラトゥスです。私と同じエトルリア出身で、彼は現在はとても有能な人物です」

「ほう?あのユダヤ人虐めのピラトゥスか」

「……」


何も答えないピラトゥス。

だが、ネルウァ様が語った事は事実。彼が現在の地位まで上り詰めたのは、正にユダヤ人嫌いのローマ市民からの支持を得たからである。


「神君カエサルならば、そのような虐めは決してしなかったろうに」

「あははは……」


セイヤヌスは乾いた笑で誤魔化すが、馬鹿にされた血の気の多いピラトゥスは、口を閉じたまま睨みを聞かせている。


「消防隊でもやるのか?」

「はい?」


突然のネルウァ様の発言に、セイヤヌスとピラトゥスは耳を疑った。ニコニコと笑顔をしているネルウァ様は、突如鋭い目付きで二人を眺める。


「ローマは七つの丘があるせいか、一度火の粉が舞うと、風が吹き荒れてあっという間に火災になってしまう。お主らはもちろん、火の粉を巻くような人間を取り締まるおつもりじゃろう?」


ピラトゥスは自分達の話を聞かれたと思い、咄嗟にネルウァ様へ刃を向けようとしたが、すぐさまセイヤヌスが止めにはいる。二人のやり取りを不思議そうに眺めるネルウァ様。


「どうかしたのか?」

「いえ」

「そうか。くれぐれも、火の元には注意をしなければな。ではでは」


二人の元をゆっくりと去るネルウァ様。その背中を見ながらピラトゥスは、怒りに任せてセイヤヌスに詰め寄る。


「教祖!なぜやらなかったんですか?!あの老人は必ず我々の話を聞いていた筈です!」

「だとしてもだ!ティベリウスの重鎮である事には変わらない。ここで奴をやることは得策ではない。"我ら、一羽の鷲が主の帽子を持ち去り、その鷲が再び帽子を主に返す事を待つ"」

「"我ら、一羽の鷲が主の帽子を持ち去り、その鷲が再び帽子を主に返す事を待つ"」


だが、老人の行動は耳よりも賢い。壁の裏に隠れていたネルウァ様は、一部始終を事細かに聞いていた。


「きな臭い連中じゃ……」


続く


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