第十三章「兄弟の対立」第二百五十七話
私は違っていた。
お母様とは別の理由で、例えジュリアの父親だろうが、心底セイヤヌスを憎んでいた。でも、あの頃のドルススお兄様は、セイヤヌスのもたらす驚きに心酔し始めていたのだ。
「セ、セイヤヌスさん…」
「実力のある者は、その力が認められた時にこそ、それ相応の褒美が与るものだ。とかく誤解され易い君ならば、特にそうだろう。私は君自身で、君の心の夜に光を照らして欲しいと願っているんだ」
「セイヤヌスさん、ありがとうございます!」
サルビアはしがみつきながら、何度もドルススお兄様へ深く陳謝している。
「ご、ごめんなさいドルスス。私は貴方を、貴方を誤解していたわ。貴方が首都長官に選ばれた時、私は自分の不甲斐なさを呪わずにはいられなかった」
「いいんだよ、サルビア。君さえいてくれれば」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。セイヤヌス様が気付かせてくれなければ、私は一生自分を呪っていたわ」
全くとんでもない猿芝居。
普通に考えれば、サルビアがお兄様に謝っているのではなく、愚かな選択をした自分に謝っていたのが分かるはず。そして、自分の一派へお兄様を取り込もうとするセイヤヌスの策略だとも。なのに、サルビアの愛情に飢えていたお兄様の目には、セイヤヌスが救世主に見えていたのだ。
「私は人の自立心を尊重したい。だから、本当に助けが必要な時には、いつでも呼んでくれ」
「はい!」
「僕は君には何も望みはしない。君は何をすべきなのか?そして何がローマに必要なのか?既に分かっている。教養レベルの高い人間は、自ら考え考察し、自らの責任において行動するものだ。誰かさんとは違うんだろう?」
「ええ、もちろんですよ。兄となんかは志しが違います」
「うむ、正にティベリウス陛下のご意向と同じだ」
「はい!僕もローマのために、そしてティベリウスお義父さんの力になれるよう頑張ります!」
「君の強い意思に添えるよう、私も家族を投げ打ってでも親衛隊を指揮していくつもりだ」
二人は力強く握手を交わす。
だが、その言葉を物陰で聞いていたジュリアは、血の気が引くような蒼ざめたものへと変化していた。
「ジュリア?」
「……嘘つき」
「え?」
ジュリアは口を閉ざしたまま、別邸から表へ飛び出して、今まで私と一緒に摘んでた花達を、突然両手で毟り取りはじめた。
「ちょっと!ジュリア?!どうしたの?!」
「嫌い!嫌い!大っ嫌い!」
「ジュリア?!」
「あんな人は私の父でも何でもない!嘘つきで!面汚しで!卑怯なことばかり!」
「ジュリア!」
「お母様がどれ程苦しんでいるのか!あの人には人の血なんか流れてない!家族や私達は!あの人の重りでしかないの!」
「落ち着いて!ジュリア!お願い!」
私は取り乱したジュリアを何とか抑えて、荒々しい息遣いを落ち着かせてみた。しかし彼女は、今まで見たことの無いような形相で、私に冷たい言葉を吐き捨てる。
「私はあの人に捨てられるんじゃない。私があの人を棄てるの!」
続く