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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十三章「兄弟の対立」乙女編 西暦24~25年 9~10歳
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第十三章「兄弟の対立」第二百五十二話

風向きなどはいつでも変わる。

あれほど母ウィプサニアを支援していた貴族達も、一人、また一人と背を向け離れていく。母には反発していた私だったが、さすがに絶望的に落ち込んでいる姿は見てはいられなかった。でも、どうしても母には素直になれない感情が、私の心の奥にしまった善意を邪魔している。


「こんにちはアグリッピナ」

「ああ、アシニウス様!」

「やぁ、ウィプサニアはいるかい?」

「母ですか?多分、奥の寝室にいるかと思います」

「そうか…。うん?どうしたんだい?」

「いえ、何でもありません」


するとアシニウス様は、わざわざしゃがんで優しい笑顔で私の心を照らしてくれた。


「無理しなくていいんだ、言ってご覧」

「あの……。アシニウス様も、今日、母にお別れにいらしたのですか?」

「お別れに?なぜ?」

「そんな人ばっかり、最近いらっしゃるので」

「そうか、それはアグリッピナも見てて辛かったろう」


私が黙って頷ずくと、優しく私の頭を撫でて、ギュッと優しく抱きしめてくれた。


「私はそんな人でなしではないよ」

「ええ?」

「ウィプサニアを見捨てたりするもんか。むしろ助けにきたんだ」

「本当ですか?」

「ああ!本当だ。彼女に笑顔を取り戻させるために、やってきたんだ」


その笑顔の印象は、指導的市民と呼ばれるアシニウス様らしい笑顔だった。幼く純朴だった私には、アシニウス様の花影に潜む蛇だけは見抜けなかった。


「しかし君は変わった子だね?」

「え?」

「そんなに母親が心配なら、自分が慰めてあげればいいのに。きっと、ウィプサニアも喜ぶぞ」

「ダメなんです。母の前では、どうしても素直になれないんです」


少し肌寒い微風が、俯いたままの私をすり抜けていく。

まるで今まですれ違ってきた母との関係を、乾いた落ち葉と迷わせるように。


「アグリッピナ、君は本当は甘えたくて仕方のない娘さんなんだな」

「……」

「大丈夫だ。その迷った心も、私が何とかしよう」


突然訪れた救いの言葉に、私は嬉しさのあまりアシニウス様の顔を見上げた。だが、既に立ち上がったアシニウス様の影が重たく覆い、まるっきり私の姿など気にもせず、母のいる奥の寝室へと歩き去っていく。さっきよりも冷たい微風が、一段と私の周りを取り囲んでいるようでもあった。


「ウィプサニア?そこにいるかい?」

「だ、誰?」

「私だ、アシニウス・ガッルスだ」

「ああ!アシニウス様!」


数日間、寝室に閉じこもっていた母は、まるで藁をも掴むように扉を開いた。


「どうしたんだい?その格好は」

「ああ、ごめんなさい。どうしても、外の人たちとは会う気にはなれなくて」

「それでは、せっかくの美人が台無しだ」


母は乱れた髪の毛を耳元でとかしながら、微かな恥ずかしさを手元で表している。だが、アシニウス様が微笑みながら見つめている先は、それよりも下の、トゥニカから少し肌けた胸元であった。母は気付かない振りをしながらも、アシニウス様からの気を逸らすように、自然な動きで胸元を隠す。


「き、今日は、どのような御用でいらしたのですか?」

「うん。ネルウァ様が、君から離れたと聞いてな。それだけじゃない、他の非情な貴族達も、まるで蜘蛛の子を散らすように去りつつあると」

「そうですか……。ご存知でらしたのですね?」


母はそれとなくアシニウス様へ背を向けながらも、取り繕うようにトゥニカのシワを伸ばしている。


「まぁな。君が皇族の保守派から、色々と禁じられたからだろう?惨いことをする」

「仕方ありません。私は少し勘違いをしていたのかもしれません。やはり、ネルウァ様が仰った通りになってしまったのですから」

「それでいいのか?」

「え?」

「君の無念は、憤りは、そんな事だけで簡単に消えてしまうものなのか?君の覚悟は、あんな理不尽な老人達が画策した物に、簡単に萎えてしまうものなのか?」

「アシニウス様……」


母が振り向くと既にアシニウス様は、笑みを消し去ったいつもの指導的で厳粛さに溢れた顔を見せれている。


「私が君を助けよう」

「え、ええ?」

「私の次男であるマルクスを知っているか?」

「ああ、はい。確か、今年の執政官に選ばれた、マルクス・アシニウス様で」

「あやつは今年のラティウム祭でローマを留守にする。そうなれば、首都長官を皇族の若い男子から一人選ぶ必要がある。私の口添えで、何とでも君の息子を勧めることはできるのだ」


しかし母は首を横に振った。

その話ならば、留守を預かる首都長官の任命を留保するティベリウスに直訴したと。その直訴によって、このような失態と状況を自ら招いてしまったと。


「フフフ。ウィプサニア、君はまだローマの法や政治というものを分かっていないようだな。ティベリウスは任命を留保しているのではなく、任命をできない立場にいるのだ」

「?」

「自ら元首が自分の家族から任命をすれば、それは権力集中と非難されるだろう?厳粛に元老院で審議され、提案された上で決定を下すのだ。そしてその一任は、執政官を息子に持つ私へ有利に運んでもくれる。どうだ?」

「ア、アシニウス様」


アシニウス様の言葉に母は胸を踊らせ、嬉しさのあまり薄い唇を震わせていた。するとアシニウス様は母の頬へ手を寄せ、親指だけでその唇を舐め回すようになぞり始める。母は咄嗟に顔を背けて拒否をしようとしたが、アシニウス様は無理矢理母の顔を自分に向けて唇を奪う。


「な、何をなさるんですか!?」

「フフフ、君の覚悟を知りたいんだ」

「お、おやめ下さい、アシニウス様!外には私とゲルマニクスの子供達がいます」

「それが何だと言うのだ?英雄の神威は、君を助けるどころか、苦しめてばかりじゃないか」

「ち、違います!お願いですから、このようなことは…」

「君は自分の置かれた立場も状況さえも、全く理解していないようだな。私もネルウァ様のように、掌を返して君の元を去ることもできるのだぞ」


蛇のようなアシニウス様の左手が、母の太腿の上を這うように動く。母は何度もその蛇を払いのけようとするが、男の力はそれを押さえつけ、さらに腹部を舐めまわし、豊満な胸元へとしっかり噛みつき始めた。


「い、いや!ああ!やめてください!」

「またこの前のように、私の心を弄ぶつもりか?ウィプサニア」

「!?」


えげつないアシニウス様の口付けが、荒い息を吐き出しながら、母の肉体を貪り始める。だが母はこのままでは終わらない。腕を抑え付けられながらも取った行動は、アシニウス様の唇を噛み切る抵抗だった。


続く


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