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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十三章「兄弟の対立」乙女編 西暦24~25年 9~10歳
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第十三章「兄弟の対立」第二百五十一話

母ウィプサニアの陰りが訪れる。

その甘美な名声に浸る事も、血筋を武器に楯突く事も、そして政権奪還のために再婚する事も、ティベリウスは親という立場で母に禁じた。当然英雄ゲルマニクスお父様を慕うローマ市民からは、激しい反発と怒りがある人物に向けられる。それは、大母后リウィア様だった。


「ネルウァ、今までご苦労様でしたね」

「いいえ、大母后リウィア様。このような不本意な状況を抑制できなかった事には、わたしめの力不足と見込み違いがありました。無責任なローマ市民の連中は、相変わらず貴女様を存じ上げず罵っておられる」

「いいえ、ネルウァ。これで良いのです」

「はぁ?」

「ゲルマニクスもウィプサニアも、オクタウィアヌス、あの人と私との可愛い孫達なのですから。彼らが深く愛し合い、あれほど子沢山な家族に恵まれ、最もローマ市民から愛された理想の家族のあるべき姿だったのでしょう。それを英雄という夫を喪った寡婦に、あらゆることを禁じたのですから、当然その矛先は我が子ではなく、私に向けられるに決まっているわ」

「ですが、リウィア様」

「それによく考えてもみなさい。再婚を禁じた事によって、我が子ティベリウスの名誉、あの人の孫ウィプサニアの気品、そして我が孫ゲルマニクスの栄誉も保たれるわけでしょ?」


大母后リウィア様は、まるで天を仰ぐような表情で、胸に秘めた何かをぐっと堪えている。しかし、ネルウァ様は納得はされていなかった。


「だからとはいえ、大母后リウィア様が自ら、悪者を演じる理由などありましょうか?」

「あら?親である私が責任取るのが当然でしょう?私とウィプサニアも家族なのだから。アントニアのように誰かがウィプサニアの苦しみを汲み取り、私のように誰かが彼女の無念を晴らせる相手をしてあげなければ。それが親の務めです」

「しかし…それでは家族であるウィプサニアからも、誤解されたままではありませんか?」

「フー…。あんたは七十近い年齢になっても、まだ、気まぐれの恐ろしさを骨身に染み入てはないのかい?」

「気まぐれの、恐ろしさですか…?」


椅子から立ち上がり、左手を腰に添えて、二度、溜息をつかれた。


「運命のイタズラ、神々の意志、奇跡、前触れも無く訪れる死。呼び名はそれぞれだけれども、それらに直面した人間が、まともにいられることなど皆無。気概を持った人間か、よほどの鈍感な人間でなければ、気が狂うに決まっているでしょう?」

「そうですね……」

「それにね、あんたは納得いってないでしょうけど、ウィプサニアが言っていることは正論であり、本来そうすべきことなの。それは、亡き夫の最後の遺志でもあるのだから。ティベリウスだって、今頃ゲルマニクスとドルスッスが生きていれば、有無を言わさず帝位を授けたでしょう。神威や名声に心を奪われず、実と責務を素直に取る。あの子はそういう子よ」

「ティベリウス陛下は、外聞よりも内実を取られるお方です」

「神君カエサルにはカエサルのやり方があるように、アウグストゥスにはアウグストゥスのやり方があり、そして我が子ティベリウスにはティベリウスのやり方がある。でも、それが決して完璧ではないのは確かなのよ」

「それぞれの、やり方ですか…」

「そうよ、だからローマの女達が、母達が、娘達が、ローマの男をしっかり支えてあげなければいけないの。シルウィア様の気概がなければ、ロムルス様やレムス様はどうなっていた?サビニの奪われた女達の気概がなければ、ローマの男達はどうなっていた?アティア様の気概がなければ、幼きオクタウィアヌスはどうなっていた?七つ目のフィロパトルの売女なんかに、夫を奪われたオクタウィア様の気概がなければ、アントニア達はどうなっていた?」


ネルウァ様は閉口して、床に目を逸らした。仄かに大母后リウィア様の目尻に涙が溜まっていたからだ。アウグスタの涙を見るわけにはいかない。


「だから私は、年を重ねて知恵をつけたとしても、気まぐれをいつでも恐れるようにしているの。それは、己だけでなく、我が夫や子にも、その子供達にも、そしてこれから生まれゆく子供達のためにも。そしてそれらを取り巻く全ての環境にも、情勢にも、それが尊厳者の妻であるアウグスタとして崇められる、選ばれし者としての役目であるのよ」


ネルウァ様の大母后リウィア様を敬う気持ちには、居た堪れない歯痒さを感じ、アウグスタが己の涙を拭き終わった頃合いを見計らい、嘆き悲しむように溜息をつく。


「全く、何とも皮肉な事でございましょう。これほどまでに、世の中を考え、国家を考え、身内を考えてらっしゃるというのに。ウィプサニアは、大母后リウィア様の悪評を増長し、苦労を全く分かっていない」

「そうでもないわよ」

「はい?」


ネルウァ様は耳を疑った。

そこには未来に目を向けた、嬉しそうな表情をする大母后リウィア様がいた。


「私の愛する夫の血を引く孫ね。とんでもない気概を持った逸材を、しっかりと、この世に産み落としてくれたじゃない」

「逸材?産み落とした?ま、まさか?」

「ええ、ネルウァ。あの長女こそ、私の後を継ぐに相応しい逸材よ」


続く


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