第十三章「兄弟の対立」第二百四十九話
想いが報われない者同士が、お互いに手を組む時がある。
それが、アシニウス様と次兄のドルススお兄様の二人。母ウィプサニアへ想いを抱いてしまったアシニウス様は、その出過ぎた行動から、母本人にも相手にされず、実質上半年間アシア属州へ左遷されていた。一方、ドルススお兄様も、理不尽な理由で恋人のサルビアとは疎遠となり、その起因となった長兄ネロお兄様へ楯突くと、母より厳しく叱責されていた。そう、この二人が共に溺れている場所は、疎外感と妬みという底なし沼なのだ。
「全く憎たらしいほど輝いてやがる。そうは思わんか?ドルススくん」
「ええ、アシニウス様」
神君カエサル様の誕生日を祝う記念日ルディ・アポリナレス。
パランティヌス丘にある神君の神殿前では、ネルウァ様の力添えにより、血脈を受け継ぐ子孫の代表として、母とネロお兄様が際立って賛美をローマ市民から受けていた。だが、そこには強力な後ろ盾であったアシニウス様や、共に子孫であるはずの次兄ドルスス様は参加を拒否された。
「なんだって、ああも、私達は疎外されなければいけないのだろうか?」
「やはり、アシニウス様も、そう感じますか?」
「ああ。私だってネルウァ様と共に、君のお母さんの為にも死力を尽くしたんだ!それがなぜここの物陰から、まざまざと見せられなければいけないのだ!」
「僕もです!兄は身勝手で、僕と恋人を振り回すだけ振り回して、責任は一切持たない。そんな理不尽さを母へ訴えようなものなら、常に平手打ちが、僕の頬へと待ち構えています」
「その話はアシア属州へ出向く時に聞いたよ。君がどんなに訴えても、ネルウァ様さえも聞く耳を持たなかったと」
「『今は自重しなされ』ですよね?」
「あの人の口癖だ」
二人の惨めな疎外感は、互いに目を合わさなくとも、共に肌で感じられているのかもしれない。
「どうして突然アシア属州へ行かれたんですか?貴方がもっとそばにいてくれれば、僕だって……」
「誰が好きで行くか?好きで行ったわけではない!」
「すみませんでした」
「あ、いや。君に怒る事では無いな、すまなかった。元老院は君の兄さんのネロをサポートしろとの命だったが、結局のところ左遷。ネルウァ様に騙されたのだ」
「ネルウァ様に?」
「『出る杭は打たれるどころか、徹底的に叩き潰してしまえ!』裏で密かに仕組むやり方を好む、老境が過ぎた元老院そのものだ」
長兄ネロお兄様は気前良く右手をあげて、ローマ市民へと挨拶で賛美を受け止める。その横では、自分の両手を握りながら、誇らしげに自分の生んだ長男を見つめている母。その後ろには、彼らを総括するように、しかし控え目にネルウァ様も笑っていた。
「くそ!兄は結局母ウィプサニアの傀儡なんです!全てお膳立てさてなければ、自分の意見さえも言えないんです」
「それは本当なのか?」
「ネロ自らが提案したものなどありましたか?全てはローマ市民から、都合良く賛美を受けられる為の発言しかない。そんなものが、真の神君カエサルの子孫と言えるのでしょうか?」
ドルススお兄様は言えていた。実は財務官であるクァエストルとして、国家財政の監督と国庫管理の職務は単なる飾りだけではなかったのだ。ご存知の通り、計算好きなドルススお兄様の才能を伸ばす結果となり、元老院議員達でさえも見落としていた大胆な計算方式で、水道橋増築の青写真をすでにこの頃には完成させていたのだ。
「あのアイディアは素晴らしい。ただ、元老院のジジイ共が重い腰を上げなかったのには、君の若さや賢さへの醜い嫉妬に他ならない」
「アシニウス様だけが、最後まで僕の味方をしていただきましたね」
そしてその案は、後に末弟のカリグラが皇帝になってから着工され、クラウディウス叔父様が完成させる事になる、クラウディウス水道と新アニオ水道の礎となっていく。
「ネルウァ様に邪魔されなければ、私だって、あの二人が輝いているあそこの場所へ、君を連れてたかもしていれない。
「そうなれば、きっと母は、アシニウス様をネルウァ様以上に敬うでしょう……」
その時、母に片想いを寄せるアシニウス様の心に、花影に潜む蛇のような邪心が芽生える。ネロお兄様の上を行きたいと願う、ドルススお兄様の虚栄心を引き出すような欲念が……。
「ドルススくん、奪い去ってしまおう」
「え?」
「本来、我々が浴びるべき賛美の光を、こちらへ奪いさるのだ!」
続く