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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十三章「兄弟の対立」乙女編 西暦24~25年 9~10歳
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第十三章「兄弟の対立」第二百四十八話

ゾッとするような兄カリグラの発言には、私の胆をグッと掴んで冷やすものがあった。来年には成人式を迎えようとしている兄もまた、別の方法で力の誇示に目覚めているのかもしれない。


「気まぐれ、か…」


私は感慨に耽っていた。

神だか感情だか知らないけれど、そんな気まぐれに人の運命が左右されてしまうのなら、ゲルマニクスお父様も、そんな気まぐれで死んでしまったのだろうか?その気まぐれによって、母ウィプサニアも、ネロお兄様もドルススお兄様も、みんなが翻弄されているような気がする。


「どうしたんです?アグリッピナ様」

「ああ!ジュリア」


ジュリアはセイヤヌスの長女だが、それでも私達は親友だった。この犬のように人懐っこいジュリアだけは、気まぐれとは無縁のような気がしてならない。いや、そうであって欲しいのかも。私は自分の感慨を話すと、意外な答えが返ってきた。


「そうかもしれませんね」

「え?あんたも気まぐれって考えるわけ?」

「いえいえ、ただ、運命のイタズラだなって思う事はあります」

「運命のイタズラ?」

「はい!」


ジュリアはニコニコ微笑んだまま、その先をなかなか話せずにいる。私は何も言わず微笑んで、彼女の耳に被った髪の毛を、ゆっくり優しく耳元へ掛けてあげる。すると何度もこっちに目を向けながら、一生懸命話そうとしていた。


「本当は、クラウディウス様の御子息と、無理矢理結婚させられるのは嫌だったんです」

「そうだったんだ」

「でも、ご本人にあってみたらとても良い男性で、優しくて、だから私から恋に落ちたのですよ」

「うんうん」

「そしたら突然死んじゃって」

「…」


それはまさにジュリアからしたら気まぐれ、いや運命のイタズラかもしれない。笑顔を絶やさぬままのジュリアは、流れる涙を両手で拭いていた。私は静かに、布を出して拭いてあげる。


「あは、ごめんなさい。アグリッピナ様の前で涙なんか流しちゃって、お恥ずかしいです」

「そう?あんたは、このながーい鼻水の方は恥ずかしくないわけ?」

「あ、もう!意地悪!」


二人して大笑い。だって、あんまりにもジュリアの鼻水が長いんだもん。くしゃくしゃになったジュリアの顔をいっぱい撫でてあげて。私もいっぱいジュリアの胸で抱えられながら。


「ジュリア?」

「はい」

「あんたは気概って知ってる?」

「気概?」

「そう、気概。困難な時にでも、くじけない強い意志や気性のことよ。よく、大母后リウィア様から教わったの」

「大母后、リウィア様から?」

「ええ。私が望まなくとも、その体に流れる血液が、困難へ立ち向かう為に、取り組むようにさせると」

「アグリッピナ様の血が…」

「うん。もしかしたら、そんな神々や感情や運命という気まぐれやイタズラに立ち向かえるのは、気概をしっかりもっている人だけなのかもしれないね」


するとジュリアは何かを思い付いたように、顔をパァーっと明るくさせた。そして膝枕されている私の顔を両手で囲み、何度も私のウェーブが掛かってる髪の毛を撫でながら、目をキラキラ輝かせている。


「アグリッピナ様。あなたはきっと、他の人ではできないことの為に生まれてきたんですよ!」

「え?!何言ってるの」

「私、ウェスタの巫女の手伝いをして、時々思うんです。その人にも気付けないような、生まれ持っての役割があることを」

「生まれ持っての役割?」

「ええ。だって、まるでアグリッピナ様は、その気概を携えて、困難に立ち向かおうとされてるじゃないですか。うちは両親は離婚しそうなのですが、誰もが畏縮して見て見ぬ振りですもの」


そうなんだ…。

セイヤヌスは離婚しようとしているんだ。本当にこの子は、親の身勝手に振り回されながらでも健気だよね。


「でも、ジュリア。わたし、お兄様達を仲良くさせる自信は無いよ。やっぱり怖いもの」

「でも、アグリッピナ様には、お二人とも優しく接してくれるのですよね?」

「うん」

「そしたらやっぱりそれは、アグリッピナ様だけに与えられた役割があるんですよ。仲良くさせようと無理しなくても、せめて和やかな時間を、お二人とそれぞれ会っている時だけ、捧げてはどうでしょうか?」


そっか。

そういうこともありか。あたしができることで、あたしのやり方でいいんだ。そういえば、昔、祖母のアントニア様が教えてくれた。目に見える紐で一人一人わざわざ繋げなくとも、家族の繋がりは分かると。


「ジュリア、私は私のやり方で、お兄様達を見えない紐で繋げてみる」

「ええ!アグリッピナ様の見えない紐は、とっても太いですから。耐久性バッチリです」


結局、あたしはお兄様達に仲直りしてもらう事は最後までできなかった。けれど、お二人から優しい言葉を掛けてもらっていたのは確か。だから、きっと無駄ではなかったかもしれない。


「ところで、ジュリア。あんた、これまた太い鼻水出てるって」

「ええ?!」


続く

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