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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十三章「兄弟の対立」乙女編 西暦24~25年 9~10歳
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第十三章「兄弟の対立」第二百四十七話

時として、人の純真な想いは残酷だ。


奪われた心を返してと望むように、苦しいほど、哀しいほど、愛しいその人を追い求める。それなのにその想いが報われなければ、体中は火傷したように怒りに包まれ、氷山の中で素肌で凍えさせられる。それが神々の仕業なら、ますます私は彼らを軽蔑する。優しくて、純真で、相手を思いやる私の大好きだったお兄様達の魂を返して欲しいと……。


「ドルスス!いい加減になさい!」

「いちいち母さんはうるさいんです。ったく!傀儡回しが」

「おいドルスス!それが母親に対する言い方か?!」

「呼び捨てするんじゃねよ、ネロ!」


日を重ねるごとに、ドルススお兄様とネロお兄様は衝突していった。

お二人のいがみ合いは、私達姉妹の心に鋭い爪を立てられるような思い。なんとか争わせないように努めていた母ウィプサニアだけれども、諫めるだけでは不可能なほど。外部の人間やローマ市民には知られぬようにと、二人の仲を取り持ったりしていたらしいが、結局、母も母で勢力を拡大する為、構ってもいられない忙しい身。私はお二人お兄様の仲が良くなれる方法を、ずっと考えていた。今、それに答えられるのは、悔しいけど男性の兄カリグラしかいない。


「ガイウス兄さん?」

「うん、アグリッピナか」


兄は相変わらず広い庭園をギリシャ神話の舞台に見立てて、剣を振り回して好き勝手に生きている。


「なんだ、お前、またセイレーンの真似したいのかよ?」

「違うわよ、そんなんじゃない。ちょっと相談があるの」

「なんだよ?」

「ネロ兄さんとドルスス兄さんの事なんだけど...」

「ほっとけよ。二人は好きで喧嘩しているんだから」

「そんな言い方ないじゃない」


すると兄カリグラは苛立つように剣を地面に突き立てて、私の方にズカズカと近づいてきた。右眉だけクイっと釣り上げて、私を小馬鹿にしたような表情で見下している。


「あのな、アグリッピナ。むしろ二人が仲良くベタベタしている方が気持ち悪い」

「どうしてよ?」

「男ってものはな、目に見えて喧嘩してなんぼなんだよ。そうやって、互いに自分の力を誇示し合いながら、色々な事を自分の手で掴んでいく。同じ家族だって考えは変わっていくのに、あの二人を仲良くさせたところで何が残る」

「でも、やっぱり仲が悪いのは気分悪いじゃない」

「それはお前の気分だろ?」

「え?」

「自分が心地良く、しかも都合のいいように過ごしたいからって、兄貴達を仲直りさせるのはやめておけ」


時々、兄カリグラは鋭く事実を刺してくる。確かにそうかもしれないけど。


「でもきっと、お兄様同士にとっても良くないと思うの。このままでは」

「はぁ?お前、それ、本気で言ってるのか?」

「ええ、もちろん」

「ずいぶん自分勝手な奴だ」

「ど、どうしてよ?」


今度は右手の指を剣のように見立てて振り回している。


「所詮、人間なんてエゴの塊だ。相手のためと思っても、結局自分の為にやっているんだ。だったらそいつらが望む事をやらせてあげるのが、相手の事を一番考えてる事になるだろ」

「でもさ、時に冷静さを失って、自分が望んでもないのに感情的になれば、普段気付ける事だって気付けない時があるじゃない?」


お兄様達は、ご自分の抑えきれない感情が邪魔をして、相手を尊重できなくなっているだけなんだ。だって、昔は仲良く徹夜して軍靴作ったりしてたし。


「そうよ!ちょっとした感情が邪魔をしているだけなんだから。本当は心根が優しいのだから、やっぱり喧嘩はよくないってちゃんと伝えないと」


先ほどまで剣に見立てていた兄カリグラの右手が、突然私の喉元までピタリと止まる。


「それが解決できるのなら、アキレウスもパリスに殺されずに済んだはずだ。」


私を制止している兄カリグラの右手は、まるで蛇の頭のように何かを待ちかまえていた。私はその動きに圧倒されて、言葉で反抗するのが精いっぱい。


「でも、神々がパリスに味方した運があったから、アキレウスは負けたのでしょ?」

「フッ...運か。そんなものは俺から見れば、感情や神々と同じモノに見える。所詮は気まぐれという名の産物さ。」

「...。」

「兄貴達の感情をコントロールしたければやってみろ。だが、気まぐれの持つ恐ろしさに太刀打ちできなければ、お前が足をすくわれるぞ」


妙に説得力のある言葉だった。そして地面に突き刺していた剣を兄カリグラは抜き、再び自由に振り回している。きっと私を心配したわけじゃないけれど、最近の兄には以前とは違う存在感が増しているよう。お二人のお兄様よりも年齢は低いはずなのに、どこか二人を達観して見ている。一方で、いまだにホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』等の話に魅入られている。でも幼い頃のような憧れとは何か違うよう。私は少し意地悪な質問を投げかけたくなった。


「ガイウス兄さんだったら、その気まぐれにどうするわけ?」

「簡単だ」


兄カリグラから発せられる妙に落ち着いた雰囲気が、私の喉越しをゴクリと通っていく。そして、兄らしかるぬ妖美な口元が、不敵に微笑みを見せていた。


「自分が神になればいい」


続く

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