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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十三章「兄弟の対立」乙女編 西暦24~25年 9~10歳
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第十三章「兄弟の対立」第二百四十六話

「な、何故だ!?何故私がアシア属州へ行かねばならないのだ!?」


アシニウス様は元老院より、半年間アシア属州の職務を任される。だがこれは、母ウィプサニアのそばにいることを望む本人の意思とは反していた。


「以前に属州総督のプロコンソルとして赴いた事のあるアシニウス殿ならば、属州の保護者であるユリウス家のネロを、しっかりとサポートできるだろう」

「中年の後期を迎えたそなたにとっても、ローマの喧騒から離れるには絶好の機会ではないか?」

「たかが半年だけのこと。来年の初めにはまたローマに戻ってこれるのだしな」

「そうそう、アシニウス殿なら問題あるまい。なにせ指導的ローマ市民と呼ばれておるのだから」


元老院達の笑い声は、アシニウス様の心をひどく傷つけた。だが、これを裏で糸を引いていたのはネルウァ様である。アシニウス様の頭を冷やす目的と、セイヤヌスから標的にされることを避けるためでもあった。だが、止めろと言われれば言われるほど、人の助言に耳を傾けなくなるのも人の性。


「ウィプサニア殿、一緒にアシアへ行ってくれないか?」

「フフフ、御冗談をアシニウス様」

「い、いや、冗談ではない。私は本気なのだ」


母の細い手を取り、真剣な眼差しで気持ちを伝えるアシニウス様。だが母は、微笑みながら視線を逸らし、ゆっくりと丁寧に自分の手を抜く。


「お気持ちは嬉しく頂戴します。しかし私には、アシニウス様のようなご立派な方と釣り合えるとは思えません」

「何をそんな事、ご自分を謙遜なされるな。君は十分すぎる。美しく聡明で、何よりも慈母愛に溢れている。これ以上を私が求めれば罰が当たるくらいだ」

「ありがとうございます。でもそれは、アシニウス様にとってですよね?」


母の一言は、冷酷にも片想いの純粋さを踏みにじる。


「そ、それは、どういうことだ?」

「私の夫は偉大なるローマの英雄ゲルマニクスなのです。その愛する夫が遺してくれた大切な子供達を、このローマで守ることが寡婦である私の宿命。ご自分のご意向とは反し、ローマから離れざるを得ないアシニウス様には、些かご負担を強いることでは?と存じます」

「き、君には、この私では、十分ではないということなのか...?」

「いいえ、決してそんなことは思っておりません」

「ならば!どうか私の気持ちを汲み取ってくれ、ウィプサニア!君にだけは…」


母は賢かった。

相手を愛しく想うかのように目を細め、自分の人差し指をアシニウス様の唇に乗せる。


「どうか、それ以上は」

「ウ、ウィプサニア...?」

「これからも、今までと同じように、お付き合いいただければと。心よりご理解いただけることを願っております」


それでも母は嫌がらない。じっとアシニウス様の瞳を覗き込んだまま、心はかたくなに拒否をしているのだ。そして丁寧に断った事で、その高貴な血統と自信に満ち溢れた態度が、アシニウス様を畏敬させてしまったのである。そして、もう一人。想いを馳せる女性から相手にされず、日蔭の中で苦渋を味わっている人物がいた。次兄のドルススお兄様だ。


「頼む!サルビア。僕と結婚して家族になって欲しい。僕の心が休まる場所は、君しかいないんだ」


しかし、サルビアは深くため息を付き、腰に手をおいて肩を竦める。


「フー…ドルスス。私はね、貴方の心根がどんな時にでも、優しさに満ち溢れている男だと思ってきた。でも今は、そう思えないの。」

「え?」

「まるで奴隷を痛めつけるように、自分の家族であるお兄様を後ろから殴って」

「違う!あれはネロが強引に、君を襲おうとしてたから!」

「どちらにしても、私はもう、貴方達兄弟とは関わりたくないの!」

「待ってくれ、サルビア!話を聞いてくれ!」

「嫌だ!離して!」

「ダメだ!僕の話を聞いてくれ!僕が、君なしでは生きて行けないのが分かるだろう!?」

「離して!痛い!」


腕を強く掴まれたサルビアは痛がっていた。

ドルススお兄様の腕力は、まるで怒りそのものを表している。目尻に少しの涙を溜めながら、明らかにお兄様を拒否するサルビアは、全身を震わせて怯えていた。


「ドルススなんか、死ねばいいのよ!」


懐から黒い何かをサルビアが投げつけると、お兄様のこめかみに激しくそれが当たる。怯んだお兄様の隙を見計らうように、サルビアは振り返ずに去って行ってしまった。


"私の可愛いドルスス…。"

"本当にドルススは甘えん坊なんだから…。でも好き。いつも優しいドルススが大好きなの。"


サルビアは明らかに拒否をした。

惨めな自分に押し潰されながら、地面に視線を落とすとそこには、何処かで見かけた何かが落ちている。


"キメラにだけは、近づくな…"


それは、身近な人間から渡された、全く同じ黒い硬貨であった。


続く

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