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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十三章「兄弟の対立」乙女編 西暦24~25年 9~10歳
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第十三章「兄弟の対立」第二百四十四話

ネロお兄様とドルススお兄様の溝が深まっていく中、三男で十三歳の兄カリグラは、得意げに剣を振り回している。今日も集まって来たゲルマニクスお父様の元部下である猛者達が、カリグラ兄さんを中心にして、昔の戦場などを思い出しながら取り囲んでいた。


「我の名はオデュッセウス!この剣の舞を見よ!」

「おおお、カリグラ様。とても美しいフォルムです」

「だろ?あの頃よりも僕は、空を切る技を覚えたんだ」


兄のカリグラの本名はガイウス。

幼い頃にお父様と共に戦場へ出向き、必勝祈願のマスコットとして、小さな軍服を着せられて参加していた。そのあまりにも小さな軍靴であるカリガから、ローマ兵士からは『カリグラ』という愛称で呼ばれるほど人気を博していた。もちろん、私が兄カリグラを呼ぶ時は、その愛称は禁句で、カリグラなどと一言でも呟けば血が噴き出すほど頭を叩かれる。兄は自分よりも強い立場や腕力を持つ者に決して逆らわないのだが、自分より弱い立場や腕力の者には、しかも私のような生意気な妹には、すぐに威張って偉そうにする癖があった。


「おい!アグリッピナ、お前セイレーン役をやれよ」

「え?なんであたしが?」

「お前、妹だろう?進んで兄の為に尽くせ」

「なんで長女のあたしが?ドルシッラにやってもらえばいいじゃない」

「なんだぁ?兄に逆らって言うこと聞けないっていうのか?」


しまった。

今日はドルスス兄さんがいなかった。このまま逆らっていると守ってくれる人がいない。今日は反抗しないで言うことでも聞かないと後でうるさそうだし。


「分かった、分かりました!セイレーン役をすれば良いんでしょう?」

「そうだ。僕はオデュッセウスとなって、船のマストに自らの身体を縛り付けるから、お前は怪鳥のよう、に周りを飛びながら大声で歌を唄うんだ」

「はい。」


兄カリグラが準備した後、私は両手を翼のように羽ばたかせながら走りだし、兄の周りで大声で色々な歌を大声で唄った。すると兄カリグラはオデュッセウスの伝説のように悶え出し、周りにいた元ローマ兵の猛者達も苦しみ始めた。みんなうまい演技だな。こんなお遊びみたいなのに付き合っちゃって。しかし暫くすると何事かと庭に出てきた次女のドルシッラや末妹のリウィッラも、悶えるように苦しんでいる。これは面白い。耳を塞いでいる兄カリグラの耳元で、私は調子に乗ってさらに大声を出すと、誰かが後ろから頭をゴツンと叩いてきた。


「痛っ!」

「いい加減になさい!」

「お、お母様?」

「アグリッピナ!あんたは女の子のくせに、なんて声を張り上げているの?!」

「へっ?」


怒っているお母様の後ろの方では、みんなあちらこちらで耳を押さえながら、あたしに嫌悪感を表した表情を浮かべてる。元ローマ兵の猛者までも、耳を何度もほじくり返して、頭を何度も振っている。


「全く!あんたには女の子として恥じらいというのがないの!?」

「でもお母様、ガイウスお兄様がセイレーンみたいに唄えっていうから...」

「あんたのは眠気を誘うセイレーンどころか、眠気が覚めるマイナデスの金切り声よ!見なさい、ガイウスが泡吹いて気絶しているじゃない」


本当だ...。オデュッセウスを演じてた兄カリグラは、見事に泡を吹いて床に倒れている。

そう言えばネロお兄様にも唄わなくていいよって言われたことも、リヴィアにも音痴と呼ばれたこともあったけど。まさかそれに輪を掛けてうるさいとは。


「まぁまぁ、ウィプサニア。そのくらいにしてはどうだろうか?」


やや苦笑いしているアシニウス様は、優しく母の右肩を撫でながら諫めている。母は少しの間だけその手を許容しながらも、優しく失礼の無いようにもう片方の手で払い、しかしアシニウス様の機嫌を損ねないように詰め寄っていた。


「どう思われます?」

「あ、あははは。きっとアグリッピナも悪気はなかったんだろう。」

「それでも、女の子としては......」

「いいやウィプサニア。声が大きいということは、それだけ張りがあって遠くまで通るってことだ。」


ゆっくりとアシニウス様は私の方へ近づいて、優しい笑顔と頭を撫でる演出をされて語りかけてくれる。


「ひょっとしたら、男性にも負けないくらいに競技場などで民衆に言葉を投げかけることだってできるかもしれない」

「ええ?本当ですか?アシニウス様」

「ああ、本当だとも。競技場の進行をする者の声の大きさと言ったら、近くにいる人間の耳を破るぐらいなければな。神君カエサル様もアウグストウゥス様も、彼らは腹部からしっかりと声を出されていた立派な方々だった」


すぐに褒められると調子に乗るのが私の悪い癖。頭の中では黄金軍服に白い羽のマントを着た大人の私が、ローマ市民に大きな声で何か立派な事を訴えかけている姿を想像している。そしてその妄想は世界中の属州へ影響を与えている。格好いい。やっぱり私は将来こうならないと。


「アグリッピナお姉さん、また自分に都合の良い想像しているんでしょ?」

「え?ドルシッラ。な、何の事?」

「本当に懲りてないんだから。さっきお母様に叱られたのに......」


このことから、暫く兄カリグラは私から避けるようになった。あたしの声があまりにもひどかったからだと思う。まぁその方が私は気が楽だし、兄の面倒なギリシャごっこに付き合わなくて済む。時々遊びに来てくれているジュリアと一緒に、庭園の中で花を摘んだり、末妹のリウィッラとかくれんぼしたり。相変わらずジャンケンの弱いリウィッラを鬼にして、私はヴィッラの至る所に隠れていると、草木の向こうから、アシニウス様とネルウァ様の大人の会話を耳にした。


「アシニウス殿、少しは落ち着きなされ」

「いいや、それは止めても無駄です」

「年を考えなさい。彼女とは二十以上も離れているのじゃぞ」

「愛に年齢は関係ありません」


どうやらアシニウス様は、どなたかに恋をしてしまったようで、その落ち着きのない様子は、陰から見ている私には滑稽だった。頬を赤らめ、目は潤い、何度も胸を押さえては、耐えきれない様子で深呼吸をする。


「彼女は寡婦じゃ。それも英雄の寡婦だ」

「それが何だというのです?」

「それだけではない、君の亡くなった妻とは異母姉妹ではないか。」

「ウィプサニアに対する愛情は、揺るぎないものです!」


私は、大人の浅はかな恋を覗いてしまった。


続く

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