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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十三章「兄弟の対立」乙女編 西暦24~25年 9~10歳
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第十三章「兄弟の対立」第二百四十二話

お兄様達が共に神祇官として列したとしても、昔のように、仲が良くなるわけではなかった。ネロお兄様は密教トゥクルカの調査を続ける度に、エトルリア人に対する差別は強くなり、ドルススお兄様は、まるでオリーブオイルを全身に浴びるが如く、愛しいサルビアとの結婚を望んでいった。


「ネロくん、よく来てくれた」

「クラウディウス叔父様。緊急の用だと伺いましたが?」

「まぁ、とにかく中に入りなさい」


クラウディウス叔父様の口は、それ以降なかなか開かず、葡萄酒を勧められたり、取り留めの無い話が先行していく。


「叔父様?今夜はこんな事をするために、僕をわざわざ呼んだのでしょうか?」

「あ、いや。悪かった」

「用が無いのなら、僕は失礼します」

「ま、待って、ネロくん。分かった、話そう。ただ、これから話す事を君自身が聞いて、激情に駆られないで欲しい」

「はい?」


クラウディウス叔父様は人差し指をピンと伸ばし、何度も確認するように約束を迫ってきた。


「約束して欲しいんだ、ネロくん。どんな事実を聞かされようとも、必ず冷静に務める事を。思い出したくはないだろうが、この間の兄弟喧嘩だって…」

「分かっています。母からも随分と言われました。家長としての自覚が足りないのだと。約束をします、どんな事実に直面したとしても、激情に駆られないで冷静さに務めます」

「うむ、では述べよう。君の弟ドルススくんが付き合っているサルビア・オタは、密教トゥクルカにどっぷり浸かった信者だ」

「?!」


サルビアには疑いがあった。

しかし決定打は、クラウディウス叔父様の調査により、サルビアヌス・オトがセイヤヌスの一派であり事を突き止めてしまった事。当然その長女であるサルビアもセイヤヌス一派であり、密教トゥクルカの信者である事は容易に察しがつく。事実、彼女はその妖美でハルスペックスと結託して、勧誘していたのだ。


「くそ!トゥスキの連中め!すぐにでもドルススに伝えます」

「なっ?ネロくん、いかん!ちょっと待ちなさい!」

「どうしてですか?!」

「ドルススくんに何を言うつもりなんだ?」

「勿論サルビアと、今すぐ別れろと!トゥスキのアバズレに弟ドルススを渡すわけにはいきません!」

「そんな事、ドルススくんが納得できるわけがないだろう!?」

「正しい事を行おうとしている僕に、あいつが納得できなければ、ドルススはタダのクズです!」



ネロお兄様は、すぐにでもドルススお兄様へ伝えようと仕度をして出ようとした。弟思いであるがゆえの正義感が、真っしぐらにお兄様を駆り立てており、確かに正論で正しさに満ち溢れている。しかし、この時ばかり、いつも優しいクラウディウス叔父様も、声を張り上げて怒鳴って制止した。


「自惚れるのも!いい加減にしないか!」


この人は何を言い出すんだ?と言わんばかりに、ネロお兄様はクラウディウス叔父様へ振り返る。だが、振り返った先には、お兄様の為に憐れみを目元に手繰り寄せた、中年男性の寂しい表情が見つめ返していたのだ。


「君には分からないだろう?正論を掲げる君の言動が、弟のドルススを苦しめているのを…」

「ドルススを、この僕が、苦しめている?」

「そうだ。私もそうだったんだ。正論を振りかざす兄ゲルマニクスが、いちいち最もであることに、何度も何度も傷ついたのだ。それでも兄なのだからと、自分の気持ちを抑えようと懸命に努力をした。だが、人の感情とは残酷なほど制御が効かない。身内であればあるほどに…。」

「クラウディウス叔父様……」

「そんな仕方なく日陰を歩かざるを得ない時に、恵まれている人間から全否定されてみろ。誰でも自己嫌悪に陥って意固地になってしまう。いや、むしろ、己の憎しみを煮えたぎらせ、自分の人生からその者を排除さえすれば、ひょっとしたら今度は自分が光り輝くことができるのでは?とさえ思い込んでしまう」


英雄と呼ばれたお父様の輝きに苦しんでいた、弟であるクラウディウス叔父様の切なさが始めて明かされた。


「ネロくん、私はね。今のイライラしたドルススくんを見ていると、昔の自分を見るようで危なっかしい。素直になれず出したくもない反抗的な言動や行動は、兄と比較されている不公平さを体現しているからだ」

「……」


ネロお兄様は言葉を失っていた。

自分の存在が、それ程までに弟を追い込んでいたなんて思いたくもなかった。しかし、最近のドルススお兄様のヤケにムキになり、突っかかってくる喧嘩腰の姿は、クラウディウス叔父様が指摘するようだったのかもしれない。


「だからといって、ネロくん。自分を責めることだけはしないでくれ。」

「え?」

「これは単なる差と別なのだ。時間の差、体格の差、性格の差が当たり前にあるように、同じ血の中でも、家族の別、兄弟の別、男女の別が存在している。ネロくんの人生はネロくんの物語であり、それはドルススくんにも言えること」

「分かりました……」


クラウディウス叔父様の語る深い言葉は、ネロお兄様を思いとどめる事ができた。だがそれでも、お兄様達の対立を止めることはできなかった。


続く


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