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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十三章「兄弟の対立」乙女編 西暦24~25年 9~10歳
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第十三章「兄弟の対立」第二百四十話

歳を重ねると、幼い頃の真っ直ぐな純真さが、今の私を惨めにするように心を突き刺す時がある。毒婦や恐母なんて今では陰口を叩かれているけど、本当にあの頃の私は、裏表なく人が争う姿が大っ嫌いな乙女だったのよ。


もし、貴方が自分の兄弟や姉妹、もしくは家族の誰かを選べと言われたら、すぐに選べる?私は今でも無理だわ。だって二人のお兄様がどんな派閥にいようとも、お二人とも私の大切なお兄様達だったんですもの。


若くして命を亡くされた二人とも、長く生き残った死に損ないの私より立派に生きてらした。大母后になった今でも、お二人の誇りには足元も及ばない。恥ずかしい話、四十を四つも迎えた私でも、彼らの純真な誇りには涙を浮かべるほど心苦しい。だって彼ら二人は、未だに私の記憶の箱の中で歳を取らずして、私の名前を呼び掛けてくれるんですもの。アグリッピナ、アグリッピナと……。


「ネロ!ドルスス!恥を知りなさい!!」


当然二人ともの頬には、母の強烈な平手打ちが何度も飛んでいた。息子が仕出かした悪さが、自分達家族の寿命を縮めるのなら、親は子供を怒って当然。母には珍しく私の保護さえしてくれる始末。


「妹のアグリッピナに、ローマとサビニの仲介をした女を演じさせるなんて何事なの!?」

「申し訳ございませんでした、お母様」

「謝って済むのなら、裁判所のバシリカなど要らないわ!ネロ!あんたは長男でしょう?!あれ程何度も家長としての自覚を持ちなさいと言ったのに!なんて馬鹿なことをしたの?!」

「はい」

「ドルスス!あんたは自分の兄を敬う気持ちはないのかい?!ええ?!あんたが卑屈になるのは勝手だけど、人様や家族に迷惑を掛けるのは、私は絶対に許さないから!」

「はい、お母様」

「大体あんた達二人は神君カエサル様や、アウグストゥス様、そしてお父様である英雄ゲルマニクスのの血を引く者としての自覚がなさ過ぎます!子は父が偉大ならば、その何千倍も身を引き締めなければ、所詮偉大な父親のドラ息子達と言われるのがオチなのよ!どうなの?!ネロ?!ドルスス?!」

「長男として、お母様のご意見はごもっともです」


しかしドルススお兄様はボソっと卑屈に呟いた。


「傀儡が……」

「何だと!!?」


その言葉にネロお兄様は逆上して、ドルススお兄様の襟首を掴んだ。当然ドルススお兄様も待ってましたかのように、襟首を掴み返し、取っ組み合いを始めようとする。そのあまりの勢いに押され、母ウィプサニアは床へと叩きつけられた。


「いい加減にしないか!!」


見兼ねて二人を叱責したのは、アシニウス様だった。最近はネルウァ様に押されて、なかなかご自分の地位の揺るぎなさを証明する事ができなく、どこか母ウィプサニアを全面的に過保護な姿勢をとる部分があった。


「大丈夫かい?ウィプサニア」

「ええ、アシニウス様。大丈夫です」


あくまでも母はアシニウス様を、端なる政敵に一糸報いるための同志としてしか感情を持たなかったが、アシニウス様はそれ以上の恋愛感情を持っていたとおもう。女の感だけど、ご自分の亡き妻と同じ面影を、何処かで母ウィプサニアに求めていたと思う。


「全く!自分の母親を地面に突き倒しておいて、それでも満足出来ないというのか?」


アシニウス様は見栄を切って、まるでお二人の父親代わりのように、彼らに説教を始める。その横で、沈黙を貫くネルウァ様もまた、幼い子供のように争う兄弟二人の姿に飽きれていた


「良いか?二人共。今は母親ウィプサニアを共に支援する立場にいなければ、君達がのんびり喧嘩さえする事はできないだろう!そうは思わんか?ネロくん」

「はい、アシニウス様」

「ドルススくんも、一歳しか兄とは離れていないとは言え、君だって頑張れば大いなるチャンスに巡り会える。卑屈になるにはまだ若過ぎる!」

「アシニウス様、すみませんでした」


反抗的なドルススお兄様も、何故かアシニウス様に諌められると素直になる。だが、ネルウァ様は頭を抱えた。


「しかしこれ程の風評被害を兄弟で出しておいて、ローマ市民が我々に民意をそのまま留保してくれるじゃろうか?」

「そ、そうですよね?ネルウァ様」

「ネルウァ様、ウィプサニア殿。ここはローマ市民に二人の仲の良さをアピールする意味で、彼ら二人を十二神祇官に列してはどうでしょう?」


毎年の初め、元首である現皇帝の安泰と福寿を願って、十二人の神祇官が誓願のため祭式に参加する。当然、最高神祇官ポンティフェクス・マクシムスの地位にいるティベリウス皇帝も参加され、ローマ市民も祭式を厳粛に慎ましく見守るのだが…。


「それは時期早々ではないか?アシニウス殿」


ネルウァ様の鋭い一言が、辺りの空気を凍りつかせた。


続く


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