第十三章「兄弟の対立」第二百三十六話
「黒硬貨?」
「これです、クラウディウス叔父様」
昨夜、ドルススお兄様の恋人であるサルビアの後を追いかけたネロお兄様が、彼女の入る住居の近くで見つけた黒い奇妙な硬貨。それはエトルリアの文字と、キメラの円紋章が刻み込まれた物だった。
「明らかにローマの硬貨ではない。違法に彼らが製造しているものであれば、我々が想像していた以上に、裏には強大な組織が存在してると言える。」
「強大な組織がですか?」
「当然だ。歴史的観点から国家を形成する為に、まず何が必要か考察してみれば分かる。自分達の通貨などは、優先順位で考えれば統治後でも十分なはずだ。だが、彼らは既に自分達の硬貨などを製造し、その信条がローマから追放されたエトルリア王による王政復古を望んでいる。」
「一体、このローマに何を?」
「密教トゥクルカの名の下に、ローマを根こそぎ乗っ取る気だ」
「そ、そんな馬鹿な!?」
「しかもその組織が軍事力を一点に集中させながら、同時に内部から互いを干渉し合って侵入して腐らせていくとしたら?」
「そんなの、無理です!ポメリウムの聖域内部には侵入なんて……」
だが、クラウディウス叔父様の険しい表情には、全ての黒幕が誰であるかを理解しているようだった。
「果たしてそうだろうか?常に架け橋の役割を担っていたドルスッス様が亡くなった事により、超保守派である大母后リウィア様を筆頭とした貴族、元老院に一応の理解を示している現皇帝陛下を筆頭とした派閥、そしてネロくん、君を筆頭としたユリウス氏族との関係はバランスを失いつつある。この縮図で腹の底からほくそ笑む人物こそ、作為的に内部干渉によるものだといえるだろう」
ネロお兄様の鼓動は、その黒幕の恐ろしい野望に身体中が脈を打ち始める。
「そして、その黒幕が現皇帝の信頼を得ている人物であり、緊急時において迅速に対応できる名目として、それまで市内に三箇所、郊外に六箇所と分かれて駐屯していた親衛隊を一箇所に集中させたとしたら?」
「し、親衛隊?!まさか?!」
「ああ。
「セイヤヌっ!」
だが、叔父様はすぐにネロお兄様の口を塞ぐ。そしてその名前が誰にも聞かれていないことを確かめた。
「どこに目と耳があるか分からない状況だからな、だから私はくれぐれも慎重に行動して欲しいと懇願したんだ」
驚愕して見開いたネロお兄様の瞳は、沈黙の中で慎重な行動を慎むように示唆した叔父様の意図を理解せざるを得なかった。
「その黒幕ならば、赤ら様にドルスッス叔父様と対立しておりました」
「ドルスッス様は、ピソの不自然な自殺も疑ってらした。その黒幕にはきな臭い裏が付きまとっている。最近、反ユダヤ的思想で民意を味方につけてきているポンティウス・ピラトゥスもまた、その黒幕の後ろ盾無くしては無理であったろう。何せ彼らは同じ騎士階級のエクィテス出身なのだから」
ネロお兄様にとって壮大過ぎた話だが、何処かで叔父様の話には辻褄が合っている。そして心を痛める事といえば、次兄の恋人が密教に関与している疑惑。
「この黒い硬貨は、弟の、ドルススの恋人サルビアを追いかけて、たまたま見つけたのです」
だが叔父様は、目を細め、ゆっくりと頭を横に振る。事実を今は伝えるべきではないと。掌にある軽い黒硬貨を眺めるネロお兄様は、その耐えられぬ重圧に歯痒さを感じていた。
続く