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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十三章「兄弟の対立」乙女編 西暦24~25年 9~10歳
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第十三章「兄弟の対立」第二百三十四話

いよいよ母ウィプサニアの周りが騒がしくなっていく中、その頃ネロお兄様は、クラウディウス叔父様から依頼された密教「トゥクルカ」をコツコツと調査されていた。帳簿上では巧妙な手口によって、その存在自体がうまく隠されていたが、やはり前回の下請け業者を隠れ蓑としていたように、今回も占い師として登録されていたのだ。


「どうでしょうか?クラウディウス叔父様」

「うむ、ネロくん。間違いない、奴らだ。」

「トゥクルカの密教信者ということですね?」

「ここをみてごらんなさい。このchumelaを並びかえればエトルリア語のLauchmeで、我々の語ではLucumoになる。つまりこれは、エトルリア出身のローマ王タルクィニウス・プリスクスの愛称であるルクモだ」

「あの、第五代目ローマの王ですか?」

「そうだ。さらにこの円紋章に描かれたハゲワシ、蛇、驢馬、そしてアカンサス葉のような翼。間違いなく密教トゥクルカを表すものだ。」


ネロお兄様も、その奇妙な円紋章をじっと刻み込むように眺めてる。


「ドルスッスさんが摘発して以来、地下水クロアカにいるネズミのように、彼は姿をくらまして散らばってしまったかに見えたが、どうやら彼らには規則性があるようだ」

「規則性?」

「ローマ国家の反逆を企む集団であるのだから、前回と同じよう名前で同じ紋章では足がつきやすいだろう。しかし、名前と紋章を変えてしまうことは、彼らにとって密教であるが故の信条を変えることになる。」

「つまり宗教的な規律ということでしょうか?」

「そうなるな。しかも今回は厄介なことに、ハルスペックスの連中に紛れ込んでいる。」

「ハルスペックス?」


するとクラウディウス叔父様は、机の上に置いてあったとんがり帽をヒョイっと頭に被り、石に片足をのせて占うポーズしてみせた。


「ああ、あの占い師ですか!見たことあります」

「彼らは聴衆の前で動物の肝臓を使って占う連中で、祖先の殆どは何を隠そうエトルリア出身なのだ」

「そうだったんですか!」

「うむ。我らの祖先である神君カエサル様もまた、エトルリア出身のハルスペックスによって暗殺日の忠告を受けたともいわれている。」

「神君カエサル様もですか。つまり密教信者にとっても、エトルリア出身の占い師を隠れ蓑にすることは、都合が良いというわけですね?」

「それだけではないぞ、ネロくん。このまま奴らをのさばらせていたら、占いを受けたローマ人達も密教へ取り込まれてしまう可能性は否定できない。」

「ま、まさか?」

「そのまさかだ。いつの時代でも統治する者達への不平や不満が、歴史上から消えることはない。国家に不満を持つ者達に対し、占い師連中に紛れ込んだ密教信者達が、巧妙な話術と占い結果で自分達の密教へと誘い込むことは容易なことだろう。現にローマ人は占いが大好きだからな。」


ネロお兄様は眉間に険しいシワを寄せ、事の深刻さを痛感している。


「そうなっては大変ですね。」

「ああ、彼らも組織の拡大化を画策するべく、ローマ人によるハルスペックスの需要があると踏んでいるのだろう」

「それにしても、ハルスペックとはどのような経緯で生まれたのでしょうか?」

「いい質問だ、ネロくん」


叔父様は被っていたとんがり帽子を取り、嬉しそうにエトルリアの歴史を語り始めた。


「そもそもの始まりは、ローマがエトルリア諸都市を次々と支配下においた時代に遡る。その当時のローマは、エトルリア人全ての権利を奪わず、ある程度の自治権を与え、支配者階級には以前と同様の地位を残していた。しかし同時に監視が容易で、防御が困難な土地に彼らを移住させ、要所にはローマ軍を配し、間者を潜入させるという用心も忘れていなかった」

「間者までも?」

「それだけ我らの先祖は、エトルリアという文明を色々な意味で危険視と重要視をしていたわけだ。もちろん間者は密告者としての役割の他に、エトルリアを次々とローマ化していく役割もあった。やがてローマ化していくエトルリアの中で、彼らの宗教や規律、歴史を継承し、守り続ける保守的な人達が現れてくる。彼らは様々な自然現象や、動物の肝臓から神の言葉を読み取り占う神官を司っていた連中だ。」

「それがハルスペックスの始まりというわけですね?」

「その通りだ。昔のエトルリア人も占い師ならば、安易なローマ化を防げるとでも考えたのだろう」


叔父様にとっては、ドルスッス叔父様と一緒に摘発した後、残念ながら首謀者である教祖を逃してしまった苦い経験がある。しかも今回は占い師ハルスペックスという複雑さも手伝っていた。


「ネロくん、くれぐれも事を進める時には、慎重さと機密性を忘れないでほしい。そして告発や摘発する時には、十分な確証と証拠をできるだけ手元に揃えてからにしよう」

「はい」

「彼らは我々よりも慎重さに長けていると考えても考え過ぎとは言えないだろう。時に戦場での勇猛果敢さは足をすくわれ、そうなれば我々の身内に危険が及ぶのも必至。気を付けて行動してくれ」

「分かりました」


だが、ネロお兄様は、以前にクラウディウス叔父様が言ってたことが気になっていた。


「クラウディウス叔父様、やはりドルスッス叔父は彼ら密教の手の者に暗殺されたのでしょうか?」


今まで滑らかだった叔父様の言葉は、突如として重りを乗せるように頑なになる。何度も目を細めながら、ネロお兄様を見つめて、一つ一つの言葉を選んで慎重に答えた。


「その事については、私の不徳の致すところである。安易な推測だけで判断せぬよう、私は私のやり方で真相を突き止めようと思う。それまで、君の質問に対する回答は留保させてはくれないだろうか?」


今までには見たことのないような叔父様の表情に、ドルスッス叔父様の死に対する責任を体現した決意の深さを、ネロお兄様は感じずにいられなかった。


続く

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