第十二章「落命」第二百三十一話
「はい、アグリッピナさんの番」
「そうそう、その時に、ここの対局線上を辿ると、ここに置けるわけ」
「あ、本当だ!」
「でしょ?これがアルテミス・ゲームの必勝法」
「すごい!本当にすごい!」
「えっへん、どうだ」
ティベリには、駆けっこ以外にアルテミス・ゲームの必勝法も教えてあげた。姉の高慢ちきリヴィアがどんなに私に対抗しても、全くもって勝てなかったやつ。イッヒッヒ~。
「ジュリアさん、アグリッピナ姉さん達は何しているの?」
「アルテミス・ゲームらしいですよ」
「また賭け事?」
「はい、そうですね」
「懲りてないんだから」
「でも、ティベリちゃんは熱心に教えてもらってますよ」
「ジュリアさんも、そんなニコニコして答えないでよう。少しはこっちも手伝って欲しいのに」
「アグリッピナ様は、アグリッピナ様にしか出来ない事をされてるんですよ」
「ハァー。リヴィアさんといい、ジュリアさんといい、どうして姉さんに甘いのかしら?」
ジュリアとドルシッラがドムスの大掃除をしている間、私はずっと付きっきりでティベリと遊んでた。ティベリは一つの事を教えてあげると、吸い寄せられるようにそればっかりに没頭する。
「へぇー、すごいや」
「でしょ?いちいち計算してたら面倒だから全部かけ算にして覚えちゃうの」
「さっすが、アグリッピナさんだね」
「って言うか、これでもあたしは計算するの、すっごく苦手だったんだから」
「ええ?!」
「あ、でもお金にすると簡単に理解できたのよね。何でかしたら?」
「それは誰かさんががめついから?」
「誰かさんって誰よ~?」
「決まってんじゃん、アグリッピナさんだよ」
「こーら!ティベリ!」
またもや私達は庭で駆けっこを始めた。さらには得意な木登りを始めて、勢いあまって屋根の上まで登ってしまった。心地いい風が私とティベリをすり抜けてく。
「ちょっとー、姉さん?!屋根になんか登って危ないじゃない!」
「いーの。たまにはこういうところでノンビリするのが必要だって」
私は両手を枕にして、ブラブラ足を組みながら空を見てると、横でもティベリが同じように真似してる。
「あ、あれって馬みたいな雲」
「ええ?あれは豚だろうに」
「いや、絶対馬だって。アグリッピナさんて美術センスないんじゃない?」
「んだと?お漏らしガキンチョのくせに」
「あ、ずるい!」
「何がずるいだよ。ったく誰があんたの『尻拭い』したと思ってんの?」
「二ヒヒ~」
「二ヒヒ~じゃないっつーの」
しばらく二人で雲を眺めながら、色々な形を想像していると、ようやくティベリは自分の気持ちを話だしてきた。
「僕、ドルスッスお父様が亡くなって、さらに弟のゲルマも死んじゃって、お母様があんな風に塞ぎ込んじゃったから。どうすればいいか、ただ、ぼうっとしちゃってたんだ。どんなに頑張ったって死んじゃうんだったら、無理したって無駄だって感じちゃってさ」
「今はどうなの?」
「わかんない」
そうか、そうだったのか。
でもだからって、気持ちは分かるが、そんなの言い訳にもならない。
「あんたの気持ち分かるよ」
「え?」
「あたしもあんたぐらいの頃、お父様がこの世を去られたじゃない。でも、最近までずっと実感がなかったの」
「最近まで?」
「うん、まだお父様はどこか遠くの国で、懸命に戦ってらっしゃるのでわってね。」
「アグリッピナさん」
「でも、大母后リウィア様に勇気づけられて、大きなあの青空を見ていたら、お父様が仰ってた事を思い出したの。」
「なんて?」
「"空を見てみろ!あの広大さは誰にでも平等にあるのだ。"って」
「へぇー」
「でもね、一つ疑問だったの。曇りの時はどうなのかしら?って」
「あははは、確かに」
「そしたらお父様は大笑いして、"ああ!曇りの時でもみんなに平等に曇りだ!"だって」
ティベリは意図を理解して喜んでいた。そう、誰にだって曇りの時があって、塞ぎ込みたくなる事がある。
「あれは、虎かしら?」
「もう!違うって。あれこそ豚だって。アグリッピナさんって本当に美的感覚ゼロ」
「ウッサイ」
それからティベリとあたしの二人は、ずっと日向ぼっこしながら、青空の下を流れる雲を眺めて遊んでいた。
続く