第十二章「落命」第二百三十話
「ティベリ、このオケに暖かいお湯を貰ってきて。」
「はい、リヴィアお姉様」
叔母様の寝室から出てきたリヴィアは、実の弟であるティベリを早速使いっ走りにしてる。
「ああ、リヴィアさん、それはあたし達やるから、ティベリちゃんにはゆっくりしてもらっていいかしら?」
「どういうこと?ジュリア」
ジュリアの考えを察したドルシッラは、続けてリヴィアに提案を出した。
「つまり、ティベリちゃんはアグリッピナ姉さんが相手するの」
「ええ?アグリッピナが?」
喋るなとさっき二人に言われたから、不機嫌そうに両手を腰に乗せて態度で高慢ちきに示した。でも、リヴィアは何も乗ってこらず、ただあたしの全身を眺めているだけ。
「うん、分かった。今のアグリッピナなら、ティベリを預けても大丈夫そうね」
「へ?」
気が抜けた。
というか意外だった。あいつなら、いつも何かと難癖つけるくせに、今日は大人しくしている。そっか、そうだよな。ドルスッス叔父様にゲルマも亡くなったんだから。長女のあんたがしっかりしないとね。
「ついでにあんたの汚いオムツも変えてもないな、ティベリ」
「はい、お姉様」
何だよ~。
感心したあたしがバカだった。っていうかティベリは四歳になるっていうのに、まだオムツしてるのかよ。
「ほら、こっちおいでティベリ」
「はい、アグリッピナさん」
ティベリは子供のくせに愛想が無かった。もちろん、この時期だからというのもあるかもしれないけど、何だかいっつも眉間にシワを作ってそうな顔をしている。そして抑揚の無い喋り方も気になった。確かに前にあった時は、言葉も喋れないほど幼かったけど、それでも双子の中では一番いい笑顔をしていた。
「アグリッピナさん、手を繋いでもいい?」
「うん?ああ、いいよ」
そうは言っても子供だな。
きっとリヴィアの手伝いをさせられていたから、寂しかったのかもしれない。
「どれ、庭の井戸であんたのオムツ変えてあげるよ」
「いいよ、恥ずかしいから」
「生意気言って。そのオムツん中には、ヤバイもん隠してるんだろ?」
「……。」
ほれ見ろ、ガキンチョなんてこんなもんよ。偉そうな態度したって所詮お漏らししてたら見栄も無いって。そういえば、ここのお庭では、ジュリアの婚約をリウィッラ叔母様に伝えるために、パッラスやナルキッスス達と、略奪されたサビニ人女性の劇をやったけ。
「ほら、ここの椅子に寝てご覧、ティベリ」
「はい、アグリッピナさん」
それでも眉間にシワを寄せるように愛想がない。そのくせ布のオムツを取ると、こんもりと自己主張してる奴が見事に滞在していた。
「あんた、トイレぐらい自分一人で行かないの?」
「いつもならお母様の奴隷がやってくれた。でも、今は無理」
「男として、こんな物を抱えて恥ずかしくないのか?」
「別に」
そうそう、この言葉がこいつには似合うかもしれない。だが、お前の下半身で起きてる災害には、いくら無関心決め込んだって無駄だって。
「ほら、足をあげるよ」
全く、何であたしがこいつの尻拭いをしてやらないといけないの?井戸まで下半身を出したまま、綺麗に水で洗ってあげていると、ジュリアが犬のような笑顔でオケを持ってきてくれた。
「これ何?ジュリア」
「ミョウバン水です。子供のかぶれ・湿疹対策に布おむつに使うと、皮膚を保護してくれるんです。」
「ミョウバンって、髪の毛だけじゃないんだ」
「そうですよ、アグリッピナ様。消臭効果だってあるんですから」
「へぇー」
洗い流した後のティベリのお尻に、マッサージするようミョウバン水を塗って、後はジュリアの指示に従いながら
オムツを取り替えていた。気が付くと、一回だけであっという間に覚えてしまったのだ。
「アグリッピナ様、意外とお上手ですね」
「そう?」
「はい、とっても丁寧ですし」
それでもティベリは不機嫌な顔をしている。感謝すらしない。ったく、あたしがわざわざやってあげているのに!
「あんた、感謝ぐらいしたらどうなのさ?ティベリ」
「別に」
っんとに、こいつはリヴィアと違って、違う意味で高慢ちきだ。仕方ない、そんな時はアントニア様直伝のコチョコチョ刑だ!
「アッハハハハ!やめてよ、くすぐったい!」
「どうだ?少しは感謝する気になったか?」
「キャハハハハ!分かった、分かった!ありがとう!」
「ありがとうだと?普通は、ありがとうございますだろ?」
さらに私の口で、ティベリのお腹をブー~っと鳴らす刑にも処した。さすがのティベリもキャッキャと笑い転げて、私から逃げ出した。駆けっこなら負けないぞ!
「待て!ティベリ!」
「やーだよーだ、こっちまでおいでー!」
結構すばしっこいティベリ。横目で高慢ちきのリヴィアとドルシッラの会話する姿を見ながら、ワザと負けたり驚かせながら、何度も何度も追いかけていた。
「ドルシッラ、ティベリはゲルマが死んでから一切笑わなくなってたの」
「え?」
「別に無理して笑う必要もないけど、泣きもしなくなってどこか無関心を決め込んでる感じだったの」
「それは大変でしたね」
「それが今じゃ、ほら、あんなに元気になって。悔しいけど、あたしには出来ないわ。」
「あははは、リヴィアさん。アグリッピナ姉さんは単純だから、ティベリと同じようにムキになって遊んでるだけですよ」
「確かに。だけど元気にさせるのも得意なんだよ。昔、お母様が元気無くした時も、あいつがやってきて元気にさせてくれたんだよね。」
「そうだったんですか……」
「だから悔しいけど、今のティベリを元気にさせられるのって、やっぱりアグリッピナしかいないのよ」
決して本人から直接聞けたわけではなかったが、リヴィアはドルシッラを通して私に感謝をしていたようだった。
続く