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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十二章「落命」乙女編 西暦23~24年 8~9歳
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第十二章「落命」第二百二十九話

ドルスッス叔父様の遺灰がアウグストゥス霊廟へ納められた後、まるで父親の後を追うように双子の弟もこの世から去った。叔父様とリウィッラ叔母様の双子ゲルマ・ゲメッルスであった。ゲルマは幼い子供特有の病になり、そのまま回復する事もなく四歳で息を引き取った。


「誰だい?」

「お母様。私です、リヴィアです」

「まだ、ドルスッスは帰って来ないの。ゲルマも遊びに行ったままなの。ごめんなさいね」

「お、お母様?!」


そしてこの不幸の連続は、リウィッラ叔母様の精神をズタズタに切り裂いてしまった。この時期だけだが、もはや一人では歩く事ができないほど衰弱し、見兼ねた長女である高慢ちきのリヴィアが看病する事となった。当然遺された双子のもう一人も、彼女は世話をしなければいけないわけで。


父を喪い、さらには双子の弟まで喪った四歳の双子の兄の事を思うと、さすがに私も堪れない気持ちになってくる。その想いを察した親友のジュリアが、リヴィアのお手伝いをしましょうと提案してきた。だが、私と高慢ちきとは、深い溝があるので中々素直になれない。すると、次妹のドルシッラが珍しく一緒に行くと言い出したのだ。


「誰?」

「リヴィア、私、アグリッピナよ。開けて」

「ア、アグリッピナ?あんた、何しに来たの?」

「その、なんて言うの、つまり」

「はぁ?何?」

「あんたガサツだからさ、ちゃんとリウィッラ叔母様の看病できるかなって思って」

「余計なお世話よ。からかいに来たのならお断り、帰ってよ」


あたしの物言いはかえってリヴィアを怒らせてしまった。見兼ねたドルシッラは、咄嗟に丁寧に対応してくれた。


「リヴィアさん、私です。ドルシッラです」

「ドルシッラ?」

「実はこの度の不幸により、リヴィアさんも心身共に大変な時期かと。そこで親戚として、何かお手伝い出来ないかと、姉のアグリッピナに無理を承知で頼んで連れてもらいました。」


ドルシッラはこういうことは上手かった。私は確かに大母后リウィア様から、ドルシッラよりも正しい礼儀作法を教わっているが、どうも好き嫌いが邪魔をしてしまう。


「本当にアグリッピナは、私をからかいに来たんじゃないでしょうね?」

「ええ。姉も一人になってしまったティベリの事を、自分の境遇と同じように憐れみを携えてやってきてます。勿論、リヴィアさんご自身へもです。そして、ウェスタの巫女達の手伝いをしているジュリアさんも、きっとリヴィアさんの気苦労を取り除くお手伝いができるとおもいます」

「……。」

「姉とジュリアさんは、リウィッラ叔母様には以前、本当にお世話にもなってます。どうか、門を開けて頂けませんでしょうか?」


すると、暫くの沈黙の後、扉のかんぬきが外れる音が聞こえる。リヴィアに命令を受けた門番が、沈黙を貫いたまま扉を開けた。私達三人がゆっくりドムスへ入ると、異様な重たい空気が周りを取り囲んできた。室内は埃っぽく、あらゆるものが出しっ放し。奴隷はどうやらリヴィアが解雇したらしい。


「な、なにこれ?」

「お姉さん、使う言葉に気をつけて」

「でも、ドルシッラ、ここ汚いよ。よく住めると思わない?」

「シーッ!」


高慢ちきのリヴィアはこちらを振り返り、片眉をあげて聞き耳を立てている。しかし、ジュリアに身体を抑えられ、ドルシッラに口を塞がれた私はモグモグ悶えていた。


「あんた達、何やってるの?」

「あははは、アグリッピナお姉さんがしゃっくり出たみたいで。あははは」

「そう、そうです。私とドルシッラちゃんで一生懸命に治してるんですよ、あははは」

「しゃっくり、飛んでいけー!」


リヴィアに気遣いをする二人が、交互にあたしの背中をバンバン叩き始める。リヴィアが叔母様の寝室へ入るまでの間、つまらない演技を無理矢理付き合わされたのだ。ようやく二人から解放されたあたしは、頭にきて開口一番、ドルシッラに文句を言った。


「ドルシッラ、ジュリア、何すんのよ!?」

「アグリッピナ姉さんは、少しリヴィアさんの気持ちを考えてあげて」

「何でよ?汚いから汚いって言って何が悪いわけ?」

「リヴィアさんは一生懸命、自分一人でリウィッラ叔母様の為に頑張っているの。それくらい分かるでしょ?」

「それは分かってるって。でも大体あの高慢ちきが一人で切り盛りできるわけないじゃん」

「だからといって世の中には言って悪い事だってあるでしょ?お父様が亡くなった時に、もしリヴィアさんが今の姉さんと同じようにからかいに来たら、姉さんだって当然怒るでしょ?」

「あったりまえじゃない!」

「それじゃ、姉さんも同じ事しないで」

「同じ事って、あたしは別にからかいになんか来てないし!それにね、ドムスが汚くなっているのは事実じゃない。それを何で言っちゃいけないわけ?」

「もう、姉さんは本当に分かってない!」


するとジュリアは、私達姉妹の前でパンパンと手を叩いた。


「はいはいアグリッピナ様、ドルシッラちゃん。先ずは、お手伝いをしてからにしましょうね」


さすが年上のジュリアだった。

親友だけあって姉妹喧嘩をよくそばで見ているから、口喧嘩の止めどころを心得ている。すると後ろからトボトボと、こちらへ誰かが歩いてくる。


「誰?」

「あ、私はユリウス家の長女ユリア・アグリッピナ。こっちは妹のドルシッラと親友のジュリア」

「アグリッピナさん?」


彼こそ後に、病没した牛魔皇帝の遺言状にて、兄カリグラと共にローマを共同統治するよう指名される人物。そして、遺された双子の兄であるティベリ・ゲメッルスであった。


続く


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