第十二章「落命」第二百二十六話
赤い袋には性欲を奮起させる薬、青い袋には致死量に達する毒薬が入ってる。セイヤヌスは確かにそう言ったから、私は確かに赤い袋に入った薬を呑ませたはずなの…。
いつものように、あの人が帰る姿に白々しさを感じても、埋め合わせるような作り笑顔に呆れていたとしても、私は今夜こそ騙されない。最近咳き込むあの人は、必ず食事を終えてからピッツィノの葡萄酒を飲んでいる。
「ゴホッ、ゴメン。え?」
「だから今度、女神ヴィリプラカの神殿に行きましょう。」
ドルスッスは一瞬だけ困った顔を見せたが、けれどすぐにあの笑顔で真実を覆い隠してしまう。私はこの笑顔に、ずっとずっと騙され続けた。
「ああ、もう平気だよ。」
「だって、あんなに一緒に行きたがってたじゃない?」
「あれは殴った僕がいけなかった。」
嘘…!
行きたくないのは、ウィプサニアとの事があるからでしょ!!それに貴方が悪いと思うなら、貴方は私に何一つ謝らないのよ!
「ゴホッゴッホ。」
咳なんかついて。
それとも貴方が隠していることが、私に何かに分からないとでも、思っているわけ?
「ゴメン、最近咳が止まらないんだ。」
「そう…。」
「今日の君は何か変だよ?」
「いいえ、別に。」
私が悪いんじゃない。
ドルスッス、貴方が悪いのよ。その変わらない優しさと朗らかな笑顔が、私を除け者にして、貴方とウィプサニアの不義から遠ざけているの。だから、本当の事を言って!
「何処かの誰かと済ましてきたような言い方じゃない。」
「え?あ、ゴホンゴッホン。ううん、そんなんじゃない。」
「女神ヴィリプラカは私達を仲直りさせてくれるのだから、さぁ行きましょう!」
でもドルスッスは立っているだけで動かなかった。いや、むしろもう夜も遅いなのだからとか、咳が止まらないとか理由をいちいち言ってくる。私を馬鹿にしているわけ?!やっぱり我慢できない!
「ねぇ?!ドルスッス!貴方はウィプサニアと女神ヴィリプラカへ一緒に行ったから行きたくないのでしょ?!」
「な何を言ってるんだ!?ゴホッ!」
「私は聞いたのよ!貴方がウィプサニアと一緒に女神ヴィリプラカの神殿で何をしていたかを?!」
だが、動揺さえしなかった。
むしろそれが何か問題でもあるのか?と言わんばかりにこちらを無言で見つめている。いや、そうさせたのはお前の方じゃないかと。ええ、そうよ!確かに私は貴方が女神ヴィリプラカでの裁断を拒否したわ。でも、だからといって、ウィプサニアとの事が…!
「最近、親衛隊が出入りしているのか?」
「!?」
「あの足跡の規律さを眺めれば、例え姿を黒衣に己の隠そうとも分かる。それも一度や二度ではない、何度もだ。」
「あわわわ…。」
「親衛隊の連中が、わざわざ僕の留守を狙って来訪しているということは、君に用事があるということだろう?リウィッラ。」
ドルスッスは確かに感ずいてる。
私とセイヤヌスとのことを!どうしようも?!どうしよう?!知られてはいけない!
"赤い袋に入った薬を入れるんだ。彼は嘘などをついてないじゃないか!"
"いいや、今すぐ青い袋に入った薬を入れるんだ。奴はお前を裏切ったんだ!"
「悪い、リウィッラ。葡萄酒を組んでくれないか?ゴホッ!」
「は、はい…。」
ピッツィノの葡萄酒。
これに混ぜれば大丈夫なはずよ。何よりも、私は今、この人に疑われているのだから。
「ゴホ、ゴッホ。クソ!咳が止まらないな。とにかく、その話は明日にしないか?」
「…。」
リウィッラ、何をためらっているの?信じているのでしょ?ドルスッスを。あの暖かい笑顔を取り戻すのは、今もないのだぞ、クックック、リウィッラ。貴様の疑いも晴れず、奴はお前を殴ったあの手で、あの雌豚ウィプサニアを抱いたのだ。乾かぬののは奴の舌だけでは、ないのかもしれないけど!
世界が歪んで見えると同時に、迷う心が私を引き裂こうとしている。自由になりたい…。
リウィッラ、貴女の空洞な心に光をもたらしたのは…。
リウィッラ、貴様の幸せな心に傷をもたらしたのは…。
ドルスッス、唯一人。
「ありがとう、リウィッラ。」
「いいえ…。」
「どうやら、ゆっくり寝れそうだよ。」
「お休みなさい…。」
「お休み、リウィッラ。」
長い沈黙が流れ、隣の寝室で自分の指を挟みながらすすり泣く女の声が消えた後、ドルスッス叔父様は静かに息を引き取った。
続く