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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十二章「落命」乙女編 西暦23~24年 8~9歳
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第十二章「落命」第二百二十二話

そして、あの悲劇が訪れる…。


ドルスス兄さんは悲願である成人式をようやく迎えることができた。成人男性にとっての保護女神ユウェンタースから恩恵を受けたお姿は、それまでの子供服のトガ・プラエテックスタから正式の成人服であるトガ・ウィリリスへと着替えられたこともあって、とてもとても凛々しく神々しく輝いていた。私はまるで自分の事のように嬉しく、涙を流してお兄様を祝福していた記憶がある。


「ドルススお兄様〜。本当に本当に、おめでとうございますぅうう!」

「おいおい、アグリッピナ。あはははは、お前は大袈裟だって。」

「そんな事ないですよぉ。だって、私、本当に、自分の事のように嬉しいんですから。」

「あはははは、そっかそっか。ありがとうな、アグリッピナ。」


そう言うと、私の頭を撫でてくれた。

ただ照れているだけだって事もすっかりお見通し。だからこそ、お兄様には素直に喜びと祝福の思いを伝えたかった。これで母ウィプサニアとも衝突しなくなるだろうとも思っていたから。


「ドルシッラ、リウィッラ、ありがとう!」


しかし実情はこうだった。

母ウィプサニアは大母后リウィア様との対立から、政治的にドルスス兄さんの成人式は先延ばしされていた。しかし、この時期だからこそ成人式をあげるべきだと母へ進言されたのは、何を隠そうコッケイウス家のネルウァ様だった。あらゆる意味でネルウァ様の助言に依存していた母にとっては、もちろんこれを断ることも拒否することもできない。さらにネルウァ様のティベリウス皇帝への根回しは、ネロお兄様の成人時と同様に、ドルスス兄さんにも特例的な顕職で予定財務官であるクァエストルとされることになったのだ。つまり、これによりユリウス家からは若い元老院議員が二人列せられた事になったのである。ネロ兄さんはドルスス兄さんの成人式を、もちろん自分の事のように喜んでいた。


「ドルスス、良かったな。」

「ネロ兄さん。」

「今までお前とは色々とあったけど、晴れてお前がこうやって成人を迎えてくれたことで、お母様も心から喜んでいるはずだ。ユリウス家として共に力を合わせようじゃないか?」

「...。」


けれどネロ兄さんの喜ぶ顔に水を差したのは、他でもない成人式の主人公であるドルスス兄さんだった。


「ドルスス?どうした?」

「悪いけど、僕は兄さんのように母さんの傀儡になるつもりはないよ。」


その小さくつぶやいたドルスス兄さんの一言は、私達兄妹の喜びも氷結させるほどであった。それでもドルスス兄さんが祝福されている中で、ネロ兄さんは何とか取り繕って受答ええようとしている。


「お、おい。まるで狼に狙われたような顔するなよ。」

「狼狽しているのは兄さんのほうじゃないか?」

「ドルスス...。」

「兄さんには自分の考えがあるように見えて、本当はまるっきり全部、母さんの受け売りでしかないじゃないか。」

「何だと?」


異様な空気を察した私は、二人の兄達がこんな公の場で喧嘩になるんじゃないか心配になり、ドルスス兄さんの後ろからできるだけ近づいた。


「ドルスス兄さん...。」

「アグリッピナは黙ってな。ネロ兄さん、僕はね、ちゃんと自分の意見と意志があるんだよ。兄さんと違って、力のある人に尻尾を振ったりはしない。」


しかし、ドルスス兄さんのネロ兄さんへの挑発は終わらない。ネロ兄さんも、ドルスス兄さんの挑発に対し、さっきまで浮かべていた祝福の笑顔を、砂浜に描かれた文字のように消し去られていく。


「兄さんと違って、どんなに感情的になっても、相手の立場を考えて行動することができるんだ。」

「ドルスス、それは僕を馬鹿にしているのか?」

「いいや、事実を述べているんだよ。」

「なんだと!?」

「殴りたければ、今、ここで殴ればいいじゃないか。この間のように顔を思いっきりね。」


ネロ兄さんの右手は自然と拳が握られ、ドルスス兄さんへの怒りがこみ上げているようだった。私はそれでも必死でドルスス兄さんの右腕の衣服を何度か振って、どうか言動を抑えてもらうように懇願した。しかし、ドルスス兄さんの右手はなぜか拳を握られたまま震えていた。


「兄さんは覚えているかい?前に僕と母さんの意見が対立した時に、兄さんは真っ先に母さんの味方をして、僕の意見も聞かずに顔をめがけて拳をぶつけてきた事を。でも僕は、兄さんが財務官である事を踏まえて顔だけは殴らなかったんだ。わかるかい?わざと殴らなかったんだよ。」

「...。」

「だが、これからは違う。例え兄さんがユリウス家の家長であっても、成人したローマ市民として、そして元老院議員としても僕らは対等なんだ。だから、兄さんは母さんの受け売りなどせず、自分の意見を持ってしっかり立って欲しいんだ。」

「ドルスス...。」


私の心配は無駄だった。

ドルスス兄さんは成人したこの日だからこそ、優しすぎるネロ兄さんへ敢えて奮起してほしかったのだ。その証拠に、なぜかドルスス兄さんの目じりにはかすかに何か光るものが輝いていた。そしてネロ兄さんも、声を震わせながら感謝を伝えていた。


「ありがとう、弟よ…。」


でも、母ウィプサニアとドルスッス叔父様の秘密は、ネロ兄さんの胸の中にだけ抱えられていた。


続く

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