第十一章「追憶」第二百十九話
「アントニウスの野郎め!きっと大叔父カエサルから盗んだ財産で宴会を開き、周りに多くの女をはべらかせてるに違いない。」
「それは十分にあり得るな、オクタウィアヌス。カエサル様に右腕として忠誠を誓っていたはずなのに、現時点で暗殺を執行した元老院へは何も策を取ろうとしてはいないからな。」
「そうだろうか?アグリッパ。お前がオクタウィアヌスを良き友として同意することは勝手だが、状況はしっかりと見定めなければ、その守るべき良き友の命を失うことになるぞ。」
オクタウィアヌス様は、マエケナス様の言動にしかめっ面を向けた。
「マエケナス、貴様はいちいち棘のある言い方をする天パーだ。」
「天パーだと?!この野郎!私はお前の良き友として、年上なり助言しただけなのに~。この甘えん坊!」
「お姉様の事は関係ないだろう?!」
「なんだ?オクタウィアヌスは姉ちゃんに甘えてるのか。」
「とにかく俺の天然パーマも持ち出すなよな~。」
「まぁまぁ二人とも。」
「ちくしょう、オクタウィアヌスめ。見てよ~。」
とはいいつつも、ここは自分に任せろと胸を叩くマエケナス様は、自ら先頭に躍り出て会場の門番と二三言葉を交わしている。
「全くマエケナスの考えてる事はよく分からない。貴様は分かるか?アグリッパ。」
「自分の中に流れるエトルリア人の血がそうさせていていると、この間言ってたよ。」
「エトルリア人の…血?」
「ああ。あいつはエトルリア人の出身であるがゆえに、このローマでの内戦を引き起こした一族の汚名を背負っているんだと。」
「そんなこと…。バカだな、僕は気にしていないのに。」
「あんなチャラついた感じではあるが、オクタウィアヌスだって奴が失敗したところを目撃したことあるか?」
「無い。」
マエケナス様は両腕に三人分のトーガを抱えて戻ってくると、オクタウィアヌス様とアグリッパ様へ、ポイっと渡す。
「お、おい。これは?」
「アントニウスの宴会へ紛れ込むのに、ボロのトゥニカのままでいくわけにはいかないだろう?」
「確かに。」
「だが、僕は一人でトーガを着た事がないんだぞ。」
「そんなもんアグリッパに手伝ってもらえ、アグリッパに。」
「どれどれ。」
「本当に手伝ってやるのかよ?アグリッパ。」
アグリッパ様はご自分のトーガを着るよりも先に、オクタウィアヌス様のトーガを広げた。両腕を水平に伸ばしたオクタウィアヌス様の周りで、力強く、しかしきめ細やかに、一つ一つの折り目を作りながら着せている。
「あの二人には、ローマに潜入した危機感があるのかね?全く…。」
マエケナス様はサッサと自分のトーガを着込んで、近くの草を一本抜いて、イラつく気持ちを抑えるようにブラブラ遊んでいる。ようやくアグリッパ様のトーガが着終えると、二人は誇らしげにマエケナスへ見せた。
「よし、いい感じだ。」
「それでマエケナス、本当に宴会へ入る事はできるのか?」
「ああ、もちろんだとも。ただ、人達の身分は隠してだけどな。」
「身分は隠して?って事は名前を変えるのか?」
「ああ、アグリッパ。」
「ダメだ、ついくせで言ってしまう。」
「演劇だと思えばいいのさ。」
「演劇だと?あんな野蛮まがいなことできるか!」
「オクタウィアヌスはそうでもないぞ。」
「え?」
意外としっくりと中流階級の振る舞いをして、姿勢を低く保ったままに話しかけてきた。
「あー、あなた様がアグリッパ様でっすか。強靱なお方だと聞いております、はい。」
「オ、オクタウィアヌス。」
「どうだろう?アグリッパ。僕の演技は中々なもんだろう?」
やけに楽しそうに演じるオクタウィアヌスの姿に、アグリッパは仏頂面をしながら唖然とした。
「ははは、オクタウィアヌスは演技の才能もあるのか。政治家としてはとても重要な素質だ。」
「政治家?何を言ってるマエケナス。オクタウィアヌスが政治家としなんか…。」
「わすれたのか?アグリッパ。奴の名前にカエサルがあることを。」
「…。」
「いいかアグリッパ。今夜がダメだったとしても、僕らは近い将来、三人で支えながらこのローマの中心にいることになるだろう。お前が軍神を引き連れ、私は外交を任され、オクタウィアヌス、奴こそカエサル様がなし得なかった夢を果たすんだ。」
マエケナス様の描かれた脚本は、見事なまでに現実として演じられていく。そしてアントニウス様の宴会場で、オクタウィアヌス様は、後の大母后リウィア様と衝撃的な出会いをするのであった。
続く