第十一章「追憶」第二百十八話
「私とあの人の、ノロケ話には興味ない?」
「あります!あります!聞きたいです。」
心の中ではもちろん聞きたいと願っていたけれど、私が夢で見た冥界の主プルートーとの対処法を、なぜ答えて頂けないのか?不思議でしょうがなかった。
「大母后リウィア様が、アウグストゥス様とご結婚されたのはいつごろだったのでしょうか?」
「そうね、私がローマに帰還したのは二十歳の八月だったかしら?すでに夏にはミセヌム協定も成立してて、息子のティベリウスも三歳になって立派に歩いてたし、それにアグリッピナにとっては祖父になるティベリウスの弟もお腹にいたのよ。」
「お爺ちゃんが?」
すると横では祖母のアントニアが二度ほど頷いてくれた。
「そう。その頃あの人はガリアに赴いてたでしょう?それから戻ってきたのが、確か9月の上旬。あの人の誕生日頃に私は求婚されて、10月頃には婚約の形で一緒に暮らしていたかしら。」
「たった二カ月ぅ?!早すぎじゃありませんか!?」
「フフフ。ええ、確かにね。周りの人は色々な陰口を叩いてたけど、私にとっては当たり前のことだったのよ。」
あっけらかんと大母后様はそう仰った。まるで運命に導かれているように、アウグストゥス様とは再婚されたのだと思った。
「それって運命ですか?」
「そうね、運命と言えば格好つけかしらね。もっと地味で、なんてことないものよ。あの人と婚約する五年前、実は初めて会った時から、私はこの人から結婚をしたいって感じたのよ。」
「初めて会ったとき!?」
「ええ。あの時はアントニアの父であるアントニウスもいる宴会だったの。あの人も私も、みんなみんな若かったわ。」
アグリッパもマエケナスもまだまだやんちゃで、あの人は結構短気な青年。それなのに私は惹かれたの。その均整の取れた顔立ちや、身体の内面から溢れ出す神々しいまでの神威にじゃなく、幼い子供のような甘えん坊のような瞳に。そして初めてずっと何度も見つめあったのよ…。
ガイウス・オクタウィウス・トゥリヌス様。後のガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス様。そして、インペラートル・カエサル・ディーウィー・フィーリウス・アウグストゥス様。私にとって初代皇帝アウグストゥス様は母方家系の曾祖父。そして奇妙なことに父方家系の曾祖父アントニウス様とは敵対関係にもあった方だ。
大母后リウィア様は当時十五歳で、後のアウグストゥス様であるオクタウィアヌス様は二十歳の年。アポロニアにいた当時のオクタウィアヌス様は、神君であり大叔父カエサルの暗殺を知り、友人であるアグリッパとマエケナスだけを引き連れてローマに潜入された…。
「オクタウィアヌス、これってやっぱりまずいんじゃないか?」
「うーん、確かにだな、オクタウィアヌス。」
「マエケナス、アグリッパ。貴様達がいる限り僕は恐れることは何もない。」
「あのなぁ、いくら年下だからって人を当てにするなよな?トゥリヌス。」
「うーん…。」
「おい、マエケナス。僕はガイウス・オクタウィアヌスだ。その名前はよしてくれ。」
「へいへ~い、オクタウィウス様。」
「何なんだよ?その返答の仕方は?!」
「怒るなって、オクタウィウス。マエケナスは君の事をからかって試しているだけなんだ。」
「侮辱しているの間違いではないか?アグリッパ。」
けれどもアグリッパ様の表情は眉一つ動かさず、しっかりとオクタウィアヌス様の顔を見つめて説得した。
「それが今回ローマへ潜入した君の理由ならばな。だが、今回はアントニウスの様子を探ることだろう?アントニウスのからかいは、今のマエケナスなんて目じゃない。」
「さすが旧知の友アグリッパだな。冷静な判断だ。オクタウィアヌス、アントニウスを侮るなよ。キケロ様も仰っていたが奴は花園に潜む蛇だ。」
「クッ、マエケナス。貴様は表現がいちいち詩人くさいんだよ。」
「教養のない奴だな、芸術は心を豊かにしてくれるんだぞ。」
三人はアントニウスが開いているという宴会場まで、その足をのばしていった。
続く