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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十一章「追憶」乙女編 西暦23年 8歳
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第十一章「追憶」第二百十七話

ようやくパラティヌス丘に戻った。

世界中にとって政治の中心であるフォルム・ロマヌムも、以前よりだいぶ異様な静寂さに包まれている。私は祖母のアントニア様のドムスへ向かい、落ち着く間もなくすぐに大母后リウィア様の元へ連れられた。しばらく大母后リウィア様とは何気ない話をして、こちらへ向う途中にキルクス・マクシムスへ立ち寄ったことも報告した。


「あははは!そうよ、あの人は本当にお酒が弱いから。最もらしく市民には『厳粛にこれを観覧するように』などと言ってるけど、本当は飲みすぎてバッカス様に呪われて公衆の面前で醜態を晒したくない、それだけのことなのよ。」


やっぱりそうだったんだ。

ブッルスに頼んで競技場の中まで入いらせてもらい、パッラスからアウグストゥス様の記念碑であるオベリスクの逸話を聞いたことを、大母后リウィア様へお話した。


「でも、その奴隷の…パッラスでしたっけ?その者が言ってる事は本当よ。尊厳者であるアウグストゥスをあの人が元老院から指名された時に、その叱責したことや演説内容を記録から抹消したのよ。」

「どうしてです?」

「色々あるだろうけど、あの人は感情的に湧き上がった理想よりも、元々ある理想を現実にするために、自分がどうあるべきかを生涯問い続けた人なのよ。」


そう微笑んで語る大母后リウィア様だが、以前に比べてだいぶお疲れのように思えた。キビキビと張り詰めたような空気が常に包んでらしたのに、今では葡萄酒を飲むのにもどこかおぼつかないご様子。私はすぐに葡萄酒を注いだ。


「ありがとう、アグリッピナ。貴女は本当によく気が利く娘だこと。」

「いいえ、大母后リウィア様のお陰です。」

「全く、おべっかまで覚えちゃって。」

「えへへ。」


私が権威や神威に弱いのは昔からだった。カリグラ兄さんは、私がそういうのに媚を売っていると言いたげだったけれど、単純に目上の人を敬う気持ちの表れだと思うんだけどな。


「それで?アグリッピナ。貴方自身は一体何があったの?」

「はい、その…高熱に三日間うなされました。」

「アントニアの話じゃ、貴女がうなされている間、夢の中に冥界の主であるプルートーが現れたそうじゃない。」

「はい、はっきりとした姿ではなかったのですが、ゲルマニクスお父様の声や奴隷だったアクィリアの声色で私を誘うんです。」

「何処に?」

「死の淵へです。」

「そう…。でも、その前に貴女自身に何かあったのでしょう?」

「…。」


私はなかなか言い出せなかった。

大母后リウィア様から教えられた事が、しっかりと実践できていないと怒られてしまうのではないかと思ったから。そんな黙りを決めてしまった私を見兼ねたアントニア様は、ことの成り行きを説明して下さった。コッケイウス家のネルウァ様が御用意してくださった新居で、お父様を待ち焦がれた木登りの事や、今まで積み重なってきた母ウィプサニアとの距離感や確執など。アントニア様は私の両肩にそっと手を置いて、私の気持ちを細かく優しく代弁してくれた。


「きっとアグリッピナは、リウィアお義母さんの事が大好きで憧れているから、弱気な自分の気持ちを吐き出す事に億劫になっているのだと思います。」

「そうね、アントニア。」

「ひょっとしたら、心の奥では怒られるのでは?とも、おもっているのかもしれませんね。」


それを聞いた大母后リウィア様は、いつものように右手の指先を唇に乗せて、色々な事を想定しながら頭に中で何かを考えてらしていた。


「一つ聞かせて頂戴、アグリッピナ。貴女は今でも、お父さんの事は亡くなったと思っていないの?」

「…。」


単刀直入に質問をされる大母后リウィア様に対して、私は閉口して頷く事しかできなかった。その姿を見た大母后リウィア様は、私を不憫そうな表情を浮かべながら見つめている。


「そう。」


そう呟くと大母后リウィア様は立ち上がり、暫く天井を眺めては考えていた。まるで何かを思い出しているように。そして何か意を決した様子で何度も何度も頷き、ようやく私へとっても暖かい表情で語りかけてくれた。


「アグリッピナ。」

「はい…。」

「私とあの人の出会いの話を聞きたい?」

「へ?」

「私と、貴女の曾祖父であるオクタウィアヌスとの出会いよ。」


私はてっきりスパルタ教室へ通っていた頃のように、何か大切な助言を頂けるのかとばっかり思っていたので、突然話題が変ったので拍子抜けしてしまった。


続く


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