第十一章「追憶」第二百十一話
「ドルスッス様、とっても格好良かったです。」
「そう?本当に?」
「ええ。私はあんなにマジかに見たのも始めてだったし、何よりドルスッス様が輝いてらっしゃった。」
「嬉しいな、リウィッラちゃん。ありがとう!」
ドルスッス叔父様にとってピソは戦術における師弟関係であり、戦い方は全てピソから学んでらした。リウィッラ叔母様が初めてドルスッス叔父様の凛々しいお姿を見たのは、ピソが属州総督であるプロコンスルとしてアフリカを統治するため、共に公衆へ出た時の頃だった。
「私の方こそありがとうです。むしろ今まで大変失礼な言葉ばかりを言ってしまって。」
「あはは、いいよ。気にしないで!剣を向けられたわけではないのだから。それに、僕は貴女の事が大好きで勝手に来ていたのだからね。」
「へ?」
「うん?」
「今、何と?」
「いや、勝手に来ていたのだからねっと。」
「あ!その前!」
「あはは、貴女の事が大好きで?」
「え?本当に?」
「はい。」
その時のリウィッラ叔母様は、まるで少女のように顔を赤らめていたという。その言葉だけで幸せを感じ、その響きだけで心を震わせ、その意味だけで自分はこの人の妻になるために生まれてきたのだと。
「あたしも、ドルスッス様。」
「え?」
「もう!二度も言わせないで。」
「いいや、もう一回聞きたいんだ、リウィッラ。」
「ドルスッス…。」
「耳元で囁いて欲しい。これからも、毎日毎晩。そしたらリウィッラ、君は僕の両腕の中で思いっきり泣いていいんだ。」
「ドルスッスもですよ…。」
「ああ。もう、僕は二人っきりなのだから…。」
その後のお二人の結婚はとても早かった。事実上は、四年間の交際を経ているのだから充分なのかもしれないけれど。リウィッラ叔母様は毎日毎晩ドルスッス叔父様のために愛を囁き、そしてドルスッス叔父様の腕の中で幸せの涙を流し続けていった。だが、その涙を止めたのは、リウィッラ叔母様を半ば強引に犯し、母ウィプサニアへの憎悪を煽り、そしてついには対抗馬であるドルスッス叔父様を亡き者にしようとするエトルリア出身のセイヤヌス。
「リウィッラ、最近は酒の量が多いのではないか?」
「セイヤヌス、あんたはいつからあたしの旦那気取りになったんだ。」
「お前の私生活にはとやかく言うつもりはない。だが、飲み過ぎは身体に毒だぞ。」
「毒ならとっくにあんたと付き合ってなってるって。それよりも、そのくだらないお喋りな口を塞いでおくれ。」
セイヤヌスはキッっと睨んだが、リウィッラ叔母様は右手の親指をカリカリと噛んだまま、曲げた両足を抱えてベッドの上から壁の一点を眺めていた。
「クッ…。」
セイヤヌスとはこれ以上関係を続けたくないのに、なぜか彼が訪れると身体は火照って止まらなくなってしまう。だからリウィッラ叔母様はセイヤヌスとの不義を終えた後、ようやく心の中にしか居なくなったドルスッスの安らぎに戻れるのだ。
「貴方、貴方、どこにいるの?」
誰も応えない壁に向かって、リウィッラ叔母様は何度も何度もドルスッス叔父様を追い求める。そしてご自分の両腕で必死に自分を抱きしめ、存在の耐えられない軽さから逃避する。
「そう、私達は二人っきりなのですから…。」
微笑んだ叔母様の頬に、大量の涙が大粒となって流れ落ちる。寂しくて侘しくて心に空いた穴は誰にも埋められないまま、リウィッラ叔母様はいつまでも過去の記憶で迷子のままだった。
続く