第十一章「追憶」第二百十話
「リウィッラちゃん~。今日は君のために花束を摘んできたよ。」
「…。」
「何か欲しいものはないかい?」
「…。」
「今度、海でも行かないか?」
「いい加減にしてください!」
「リウィッラちゃん…。」
「以前にも言いましたが、私は喪している身です。それに寡婦です。どうかお気遣いなさらないように!」
「そうはいっても一日中部屋の中で篭ってるのも良くないよ。」
「私は好きで部屋に篭ってるのです。貴方みたいにサンサンと太陽が輝く元で、女性たちをはべらかして遊んでいるのとは違うの!」
パタン!と寝室の扉を締めるリウィッラ叔母様は、プンプンと怒ってベットに寝た。廊下ではドルスッス叔父様はふぅうとため息をついてる。
「ごめんなさいね、ドルスッス様。」
「いいえ、こちらこそ。」
祖母のアントニア様が腰を低く、そして丁寧に自分の娘の傲慢な態度を詫びている。
「全くあの子ったら誰に似たのかしら?融通が効かないところが多くて。何というか、頭が硬いというか。」
「あはは…。」
「でも、あんな態度をとっていてもドルスッス様にはきっと感謝してるでしょうから。」
「これ、あの良かったら渡してもらえますか?」
「あら葡萄酒?あの子の大好物なのよ~。」
「そうでしたか!それは良かった。」
すると祖母アントニアは突然扉越しに叱り始める。
「こら!リウィッラ!ドルスッス様があんたの大好物な葡萄酒持ってきてくれたのよ!顔出して感謝の一言でも言いなさい!」
「うっせーな!ババア!」
「ば、ババアとは何ですか?!実の母親に向かって!」
アントニア様へ悪態をつくリウィッラ叔母様は、昔から相変わらずかわって なかったらしい。
「あはは、アントニア叔母様。そんなにお気遣いなさらずに。今日の所は退散します。」
「そう?」
ドルスッス叔父様の長所は気長な性格な所。見た目や話し方で軽く見られがちだけど、本当はとっても粘って我慢強い。そうでなければ、イリリクムに派遣されて、あのマロボドゥス率いるスエビ族とアルミニウス率いるケルスキ族との間に入って、対立調停のためにイリリクムの任務で二年間も辛抱強く待ち、ローマへマロボドゥスを亡命に導く成果を挙げることなど不可能。ドルスッス叔父様は別名"泣き落とし"としての異名を持つほど。リウィッラ叔母様の心の壁を開くのに、何と四年間、丁寧に丁寧に積み重ねていった。
「あれ?母さん、今日はドルスッス来ないの?」
寝室から一応ヒョイっと顔を出したまま、辺りをキョロキョロしながら探している。
「何ですか?リウィッラ、寝巻きのままで。」
「そんな事よりも~!ドルスッスは?」
「全くそんなに会いたかったら、自分から会いに行けばいいでしょ?」
「だって…。」
「もう!いい加減あんたの部屋も掃除したいから、中庭に行きなさい!」
リウィッラ叔母様は寝巻きのまま、中庭に出て、奴隷達が寝室の掃除を終えるのを待っていた。どうして今日は来てくれないのかしら?この四年間、戦以外の時にはずっと毎日顔を見せてくれたのに。そんなつまらない顔をしているリウィッラ叔母様の所へ、後ろからある人物が近寄ってきた。
「ああ!ドルスッス?!」
「はぁ?誰がドルスッスなんだ?リウィッラ。」
「なーんだ…。ゲルマニクス兄さんか。」
「なーんだ、はないだろう?」
「別に。」
「ははぁーん、リウィッラ。お前、さてはドルスッスが好きなんだろう?」
「な、何言っちゃってるのよ!!」
「あいつ、結構マメな性格だし。四年間ずっと通い詰めくれたから惚れたんだな?」
「惚れるわけないでしょう!あんな女ったらし。」
「そうか?あいつは意外に凛々しいぞ。確かピソの付き添いでローマに帰ってきてるから、見てきたらどうだ?」
男性が意識しないで見せる大いなるギャップには、いつでも乙女心をくすぐるものがある。陽気な性格からは想像し難いドルスッス叔父様の凛々しいお姿は、まさにローマ国家を象徴する鷲の爪の如くリウィッラ叔母様の心を掴んだのであった。
続く