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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十一章「追憶」乙女編 西暦23年 8歳
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第十一章「追憶」第二百六話

たしかに私と母ウィプサニアは反りが合わない関係だった。考え方も見方も行動も言動も、母のように大々的だったりあからさまに見せつけるようなやり方は嫌いだった。でも、それでもゲルマニクスお父様を愛されているからこその行動である事は一応に理解はしていた。ドルスッス叔父様とのあの一件が起きるまでは…。


なぜリウィッラ叔母様が、自分の愛すべき夫であるドルスッス叔父様を毒殺されたのか?誰もがセイヤヌスとの乱れた性生活からによるものだと口々にするが、事実は少しばかり違う。母が流刑され亡くなった後に、私が皇后になってウェスタの巫女の館に納められてた彼女の遺書と、ドルスッス叔父様が亡くなった後に、クラウディウス叔父様から聞いた話から、二人に何があったのかを語ることにしよう。


「どうしてですか?!」

「お願いですからドルスッス様、ご勘弁いただけませんでしょうか?」

「ちょっとだけでいいんだ。自分の愚かな心を清めたいんだ。」

「それならば他の神殿へ向かってくださいまし。ここはあくまでも結婚した男女が二人でやって来る所。男性一人だけで入れる場所ではありません。」

「だから必ずリウィッラは後で連れてくるから!頼む!」

「お引き取りくださいまし。」


神官がピシャリと言い放つと、ドルスッス叔父様は何かをする術を失い、ただ悔しくて歯ぎしりをして立ちすくむだけしかなかった。


ここは「女神ヴィリプラカ」の神殿。喧嘩した夫婦の調停の場でもあるが、この神殿を利用する者は原則として、夫婦で男女が互いを伴っていなければいけない。


「くそ!」

「あら?ドルスッス様?」

「うん?」

「やっぱり!ドルスッス様だわ。」

「おおお!ウィプサニアちゃんじゃないか!」

「どうされたんです?」

「いや、何、恥ずかしい話、家内と夫婦喧嘩をしてしまってね、ヴィリプラカの神殿に入ろうとしたんだけど断れたんだよ。」

「まぁ?!どうしてですか?!」

「夫婦でなければ清めることや告解は無理だと言われてね。この有様だよ。」

「リウィッラさんは?」

「ダメなんだ。ヘソを曲げて全く来る気配なし。まぁ、当然だよね?僕が彼女を殴ってしまったのだから。」


バツの悪そうなドルスッス叔父様に対し、母ウィプサニアはまるで鼻で笑うかのように答える。


「そうかしら?夫に殴られたくらいでヘソを曲げてスネるなんて大人気ないわ。私だってゲルマニクスから殴られた事ありましたもの。」

「え?!あのゲルマニクスが?!」

「ええ。フフフ、でもローマ人男性が女性に手をあげる時といえば、よっぽどのことがない限りないでしょ?」

「あははは…。」


二人はしばらくの間、はにかんだ表情で見つめ合い、お互いを尊重していた。


「そうだ!ドルスッス様、私がリウィッラさんの代わりに女神ヴィリプラカの神殿にお供しましょうか?」

「ええ?!」

「ちょうどドルスッス様に殴られたのだし、顔をパルラで隠せば神官だって無理強いして私が誰かまで確認されないでしょうに。」

「そ、そんなこと、いいのだろうか?」

「大丈夫。ちょうど私がゲルマニクスに殴られた時には女神ヴィリプラカの神殿には行きませんでしたし、ゲルマニクスの名前を出さずに告解すれば、神官からは辻褄の合う話に聞こえるでしょう。」

「でもね、ウィプサニアちゃん。僕は一応これでも女神ヴィリプラカにはしっかりと信仰している身なんだよ。女神に対してはどうすれば?」

「ちゃんと心の中で互いにお詫びして、互いに相手を連れてこれなかったけれど、告解は本物であればいいのですから。ローマの神々は、エルサレムの神よりも寛容的でしょうし。」

「でも、しかし…。」

「もう!いっつもドルサーは昔から優柔不断なんだから。だからアギーはゲルマと結婚したのですよ!」

「?!」


ドルサー、アギー、ゲルマとは、ドルスッス叔父様、母ウィプサニア、そしてゲルマニクスお父様達の幼き頃のあだ名。三人はいっつも仲良しで、それぞれの家族が親戚同士で集まった時に共に遊んでいたのだ。


「ドルサーにゲルマ、そしてアギーか。懐かしいな…。あの頃は、ちょうど今のアグリッピナちゃんやドルススくんくらいだったかな?」

「ええ。本当にあの子達位の年齢でしたね。本当にアウグストゥス様に可愛がられて。」

「あははは、そのわりにアウグストゥス様から心配されていたのを覚えていないでしょう?」

「ええ?!アウグストゥス様から?!」

「本当に木登りが大好きでお転婆だったから、いっつもアウグストゥス様は肝を冷やしてて。自分の孫娘が危なっかしいって。」

「ええ?!そうでしたっけ?!」

「ああ。ゲルマと一緒に争ってもいっも一番はアギーだったからな。」


二人の笑顔に、懐かしさの花々達が再び咲き始めようとしていた。


続く

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