第十一章「追憶」第二百五話
決まって高熱を出す時、私は二つの悪夢を見る。一つは冥界の主プルートーによる死の淵への誘い、そしてもう一つは自分の歩いている道が、後ろから地割れをして追い詰められていく悪夢。どちらも私はかなりうなされ、大体が大泣きして目覚めていた。
「ドルシッラ。しばらくアグリッピナの看護をしてあげて。」
「はい、お母様。」
「熱が下がったらきっと気分も良くなるでしょう。私はネルウァ様の侍医を呼んでくるから。」
「お気を付けて。」
「全く、アグリッピナも大人ぶっているけどまだまだ子供ね。しっかりしているのはやっぱり貴女の方だわ、ドルシッラ。本当に頼り甲斐があるもの…。」
しっかりと寝室には聞こえていた。
でも、当然と言えばそうかも。あれ程偉そうに言っておきながら、高熱を出して悪夢を見た途端に母へ救いを求めるなんて。悔しいけど、まだまだ子供なんだ。
「姉さん?大丈夫?」
「…。」
「熱はどう?」
「…。」
さらに妹のドルシッラに心配される事が、もっともっと悔しかった。ドルシッラには、私には持っていない古典的だけど、お淑やかさが備わっているから。どうして同じ家族で姉妹なのに、こうも性格が違うんだろう?リウィッラ叔母様の双子ゲルマとティベリも違うんだろうか?
「ねぇ、姉さん。機嫌が悪いのは、本当は疲れてたからじゃない?」
「え?」
「だって、いつもお母様に片意地張ってるし、ずっと黙ってるし。」
「黙ってる?あたしが?」
「うん、姉さんて結構無口だよ。自分が話したい時だけは洪水みたいだけど。」
びっくりした。
妹から見て私はそんな風に見られているなんて。
「お母様に話せないことがあるなら、私には話してよ。代わりにはなれないけれど…。」
「そういうのが生意気なんだよ、ドルシッラ。」
「え?」
「あんたがお母様の代わりになれると思うの?大体、あんたまだまだ7歳じゃない。」
「そうだけど、姉さんとは一歳しか変わらないじゃない。」
「だから尚更って言ってんの。」
「私は姉さんと仲良くなりたいだけ。そもそも、どうしてお母様と仲が悪くなってしまったの?」
「それは…!」
見つからない。
見つけられないんじゃない、見つけたくないだけ。私はドルスス兄さんみたいに、はっきりとした理由があって反りが合わないってわけじゃない。
「ふう、まぁいいわ。」
「…。」
「私が駄目なら、きっとこの人なら話ができるんでしょうね。」
するとドルシッラが寝室の扉を開けて、廊下にいる誰かを中へ入れようとしている。けれど、なかなか入ってこようとはしない。痺れをきらしたドルシッラは、その人の腕を掴んで無理矢理中へ連れてきた。
「ジュリア!!!?」
「うううぁぁあああああああ、アグリッピナ様ーーーーーーーー!」
たとえジュリアの父セイヤヌスが、母ウィプサニアの政敵であろうとも、ドルスッス叔父様を毒殺する計画の立案者であったとしても、憎むべき対象はセイヤヌスはのみであり、その血を引いてたとしても、ジュリアは私の愛すべき親友なのだ。そして、この時初めてジュリアに怒られた。
「もう!アグリッピナ様のバカバカ!三日間も寝込んじゃうなんて!」
「ええ?!三日も?!」
「そうよ、姉さん。」
びっくり。
だからさすがにお母様も心配して、ネルウァ様の侍医を呼びに行かれたんだ。
「アントニア様から、熱が下がったら大母后リウィア様の所へお伺いするようにって伝言がありましたよ。」
「ええ?!大母后リウィア様の所へ?!」
私はとっても嬉しくなった。
そして、後々の私の生き方に多大な影響を与える事を、大母后リウィア様から授かるのであった。
続く