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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十一章「追憶」乙女編 西暦23年 8歳
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第十一章「追憶」第二百四話

なんていやらしい神なんだろ。

父の懐かしい声で話し掛けてくるなんて。


"父親に会いたいか?"

"…。"

"強情な奴だ。"


私は幼いながらも、これが決して現実で起きている事だとは感じていなかった。むしろ、何か夢のような雰囲気で自分がそこにいるような感じ。少なくともお父様はそんな喋り方をしない。


"フフフ、そうかそうか。ならば誰がいい?"

"…。"

"そうか、あくまでも口を開かないつもりか。"


お父様の懐かしい声が、今夜はとても凶器に聞こえる。まるであの頃の…。でも、お父様はいないんだ。ドルスス兄さんが言ったように。私は大母后リウィア様から教えられたように、己の中でイデアを感じ、感情的になりそうだった時には、目を細め奥歯を噛み締め、自分が大理石の彫刻になった気分で決して表情に表さないように務めることにした。


"イデアか?イデアと共に在ろうするのか?愚かな人間め、冥界の主に無駄な抵抗を…。"

"…。"


そう、私にはお父様を喪った意識は無い。だって、お父様は既に遺灰として戻ってらっしたから。だから平気。


"ならば、アントニアの奴隷で、アヘノバブス家のドミティウスに殺された、アクィリアならどうだ?"

"!!!"

"おねーたん。"

"アクィリア!"


二の腕に激痛が走る。

冥界の主プルートーはガシっと私を力強く掴み、さらに耳まで口を裂きながらニタ~っと笑って

喜んでいる。そうさ、アグリッピナ。お前は強くなんかない。弱い心のお前がそうさせたのだ、と言いたげに。


"おねーたん、なんで?なんで置いてきぼりちたの?"

"あああ!"


酷い!私が最も後悔している事を突いてくるなんて!確かにお父様のご遺体を見ることなく、私はお父様の死を受け容れなければいけなかったので、死を体現する事なく過ごさなければならなかった。


"おねーたん…。返事をして?"

"ダメ!見ないで…。"


でも、アクィリアは違う!彼女が布に囲まれて、そして火葬されて行く姿をしっかりとこの目で焼きつかせた。なぜ神々は私達を放っておかないんだろ?!酷い!酷すぎる!!トロイア戦争の時もそう!神々が人々に干渉さえしなければ!なぜ貴方達は気まぐれで邪魔ばかりするの?!


"おねーたんはいつもじゅるいよ。自分勝手で嫌なことから逃げてばかりで。"

"ごめんね、アクィリア。わたしは、わたしは…。"

"本当に痛かったんだよ!ちゅらかったの!"


アクィリアの優しい声が、私の心をザクザクと突き刺していく。私は人の犠牲の元に生きていることを、そして、"たった"皇族系列の血筋を引いているだけで、自分の命は守られているのだと必要以上に責めてくるのだ。


"あぐいっぴな様~!痛いよ~!"

"アアア!アクィリア!"

"おねーたん!熱いよ~!"

"やめてぇ!!"


プルートーは何度も何度も、二輪馬車であるビガに引きずられるアクィリアの姿を見せたかと思うと、今度は火葬で苦しみ悶えるアクィリアの姿を繰り返し見せる。私は思いっきり泣いた。今生きているお母様の名前を何度も何度も叫んで、死の淵へ私を連れ去ろうとするプルートーから救って欲しくて。


「アグリッピナ!!!?」

「お母様!!」


恥も外聞もない。

私は怯えたまま、お母様の腕の中で大泣きした。今は悪夢から覚めているのかもしれないが、瞼の裏に蔓延る闇から、冥界の主プルートーは囁いてくるのだ。


"アグリッピナよ…。いずれお前が死を望む時、予は死の淵への架け橋となって助けてやろう…。"


私も一歩間違えられれば、アクィリアと同じようにローマにある大下水道のクロアカ・マキシモの生活を余儀なくされていたかもしれない。私は凍える身体を晒しながら、ひたすら怯えながらお母様にしがみつき震えていた。


続く

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