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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十一章「追憶」乙女編 西暦23年 8歳
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第十一章「追憶」第二百話

苦しい事よりも楽しい事を思い出す方が、ピクンと心が痛くなるのはなんでだろう?大人になればなるほど、楽しかった記憶に心は弱くなっていく。私にとって追憶とはそんな感じだったけど、この頃の大人達にとって追憶だけが、唯一現実から逃避できる時間だったのかもしれない。


「本当にウィプサニア、出てってしまうのかい?」

「はい。これ以上アントニアお義母様にはご迷惑をかけられませんので。」

「そう…。」


母ウィプサニアは丁寧な言葉であったが、とっても冷たい雰囲気がした。いやむしろ、それが当たり前とでも言いたげで。私は何だか私達孫を奪われるアントニア様のお姿が小さく見え、どうしても気の毒に思えて仕方がなかった。横には子犬がクーンと泣くように、アントニア様を見上げるセイヤヌスの長女ジュリアの姿がある。


「さぁ、行きましょう。」


カリグラ兄さんとドルシッラはすぐに母と同じようにアントニア様へ背を向けたが、ドルスス兄さんはそんな無神経な母達の姿に憤慨している。末妹のリウィッラは小さな指先で不安そうに私の手を握っている。私は、私は…。


「お婆ちゃん!!」


思わず叫んで泣き出して飛び込んだ。

アントニアお婆ちゃんのいい匂いがフンワリと優しく包んでくれる。お婆ちゃんもまた、涙を流しながら何度もありがとう、ありがとうってギュッと抱きしめてくれた。リウィッラも一緒に後から泣きながらついて来た。多分、この時だけだったと思う。アントニア様をお婆ちゃんと呼んでしまった事、そしてアントニア様も笑顔で応えてくれたのは。いつもならくすぐりの刑と一緒に、決して自分の事をお婆ちゃんと言わせないのに…。


「いつでも帰っておいで、アグリッピナ、リウィッラ。あんた達のお婆ちゃんはいつでもこのドムスで待ってるからね。」

「はい…。」

「うう、お婆ちゃん。」

「はいはい、よちよち。本当にいいこだねリウィッラは。アグリッピナお姉ちゃんはね、今のあんたぐらいの時に一人でじっと堪えて家族から離れて暮らしてたの。あんたが生まれてからもずっと我慢してね。だからね、ちゃんとアグリッピナお姉ちゃんの言うこと聞くんだよ。」

「はい!」


もうぐっちょぐちょだった。

リウィッラの泣き顔は、彼女の寝小便とかと大差ない泣き顔だった。あたしもいっぱい泣いていた。母ウィプサニアには泣きつけない寂しさを、優しい優しいアントニアお婆ちゃんの腕の中でいっぱい解放して。


「アグリッピナ…。ありがとう。」

「…。」

「あんたは素直な子だね。どことなく小っちゃい頃の女の子みたいに可愛かったゲルマニクスみたいだよ。」

「え?お父様に?」

「お尻もツルツルしてまだまだ可愛かった頃、どことなく面影がアグリッピナに似ているんだろうね。」

「アントニア様…。」

「辛い時はいつでもいらっしゃい。大母后リウィア様の所へ連れてってあげるから。」

「はい!」


私達姉妹はもう一度お婆ちゃんと抱き合った。そしてちゃんとお辞儀をして感謝の言葉を告げると、堪らず横にいたジュリアもわーわー泣き始める。いつもなら泣くのはやめなって偉そうに言えるのに、私がぐしゃぐしゃに泣いてるから台無し。


「ううう、ジュリア、また遊ぼうねぇぇ。」

「わーん、もちろんですわ、アグリッピナ様ぁぁ!」


今から考えれば、引越し先はパラティヌス丘からティベリ河を上って、ロムルス様のピラミッド墓をウァティカヌス区域へ東にコルネリア通りを歩いた先なのだから、ここまで大袈裟に別れを惜しむ必要が無かったのかもしれない。でも、当時の世論を味方につけた母ウィプサニアの唯我独尊は、私達に永遠の別れかもと思わせるほど、強烈な印象だったことは間違いなかったの。


「あんた達!いつまで泣いているの!」


母の厳しい声が私達の心を引き裂いていく。この頃は母を心底嫌いになっていったが、母もまた、自分の家族以外信用できない現実からに嫌気がさし、唯一過去への追憶だけが現実から逃避できる時間だったらしい。


続く


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