第十章「亀裂」第百九十九話
ローマの女の中には、男という虎の威を借りるズルい奴もいる。まぁ別にローマに限らずいつの時代でも、どこの世界でもいるだろうけど、顕著だったのはドルシッラだった。
「アグリッピナ姉さんが!!あたしの事を殴った!!」
案の定、ドルシッラはキンキンと甲高い声でカリグラ兄さんに助けを呼びながら泣いてる。ドルシッラの泣き声を聞きつけた兄の妹にバカなカリグラ、通称『バカリグラ』は、血の気も多くすっ飛んでくる。
「アグリッピナ!!お前は何でそうやって妹を泣かすんだ?!」
「ドルシッラが勝手に泣いたんでしょ?!」
「ちがうもん!ガイウス兄さん、姉さんは思いっきりあたしの頬を引っ叩いたの!」
「あんたが生意気な事を言うからでしょ?!」
「姉さんがあたしの寝巻きを引き裂いたんじゃない!」
「あんたが先にあたしの寝巻きを放り投げたからだろうが!」
「違うもん!ガイウスお兄様、アグリッピナ姉さんが全然自分の事をしないから注意したんだもん!」
「ほらみろアグリッピナ!お前がやっぱり一番最初の原因じゃないか!可愛い妹ドルシッラに平手打ちなんかしやがって!同じ痛みを味合わせてやる!」
バカリグラはすぐにわたしに手を出すので、次兄のドルスス兄さんもすかさず私を守るためにやってくる。
「ガイウス!女に手を出すのはやめろ!」
「うっぐぐ!離せよドルスス兄さん!」
「お前がアグリッピナに手を出さないなら離してやる!」
「イテテテ!!!分かったよ!分かったから!だから離して!僕の手首はそっちに曲がらねぇーんだよ!」
「本当だな?!」
「もう!いってーーーよ!骨が折れるよ!母さーーーーーーん!!
すると決まって母は駆けつけて私とドルスス兄さんを叱り飛ばすが、兄さんはずっと成人式をあげさせてくれない母に対し、かなりの反抗期を迎えていた。
「ドルスス!離しなさい!」
「クソっ!母さんに助けなんか求めやがって。お前はそれでも男かよ?ガイウス!」
「痛い!痛いよ!」
「やめなさい!ケンカにもほどを考えなさい!あなたはガイウスのお兄ちゃんでしょう!?」
ドルスス兄さんは感情任せにカリグラの頭を叩いて離し、母へ猛烈に怒りを露わにする。
「だったら!僕にも成人式をしてくれよ!」
「それとこれは、今は関係無いでしょ!?」
「関係あるさ!冗談じゃないよ!」
「もう!どうしてあんた達は母さんの言うことを聞かないんだい!今日は大切な日だって言うのに!」
そう、母ウィプサニア一人にとってだけの、子供だったあたしには大迷惑だった引っ越しの日であった。
続く