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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十章「亀裂」乙女編 西暦22年 7歳
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第十章「亀裂」第百九十八話

断りを一つ入れておかなければならない。

それはドルスッス叔父様が決して女性に手をあげるようなお方ではないからだ。非常に信仰心厚いお方で、優しさに満ち溢れている性格は生まれ持った資質であり、きっかけとなったのは叔父様の両親である皇帝ティベリウス様と実のお母様のお二人が、アウグストゥス様の命によって離縁をさせられた時から、叔父様は仲裁の女神ヴィリプラカへ毎日お祈りを欠かさないようにしてきたのだ。


女神ヴィリプラカとは別名「仲直りの女神」とローマ人から呼ばれ、この女神の神殿では夫婦喧嘩の調停場になっており、女神の前では次の三つのような条件がある。


・神体の前では不平不満のある者は皆平等であり、一言でも包み隠す事を禁ずる。

・神体の前では不平不満のある者は皆平等であり、一人ずつ声に出して伝えること。

・神体の前では不平不満のある者は皆平等であり、待ち人は一切の邪魔を禁ずる。


つまり夫婦喧嘩が起きた時には片方の報告が終わるまで、もう片方は決っして反論をしてはならず邪魔してもならないということ。大抵のローマ人は関係がこじれた時にとりあえずここでお祈りを捧げ、自分の言いたいことを曝け出してスッキリして帰って行く。これにはよく人間の特性が考えられていて、神官などが相手をすると同意を求めたり味方について欲しいと考えるのが人情であって、ローマ人にとっての女神像なら物も言わず公平であるため、互いの言い分もある程度納得できるのである。事実、リウィッラ叔母様と揉めるたびにドルスッス叔父様は女神ヴィリプラカの神殿へ二人で必ず出向いていた。大抵のことは、出向いている間に激怒していた気持ちが醒めて、女神ヴィリプラカの前で愛の誓いを交わすのが二人の常だったのだが、そのような信仰心厚いお方が、今回女神ヴィリプラカの神殿へさえ出向く事を忘れ、リウィッラ叔母様の頬へ右腕をしっかり振りかぶって手を出したのだから、その耐えきれない怒りは相当な物だった事が分かるでしょう。


ところで知っての通り、ゲルマニクスお父様が亡くなってから、私は神々なんてものへ真剣に信仰をしたことないほど罰当たりな娘だった。御祈りはあくまでも形だけで、それはそれは本当に舌を巻くほど生真面目にお祈りを欠かせないローマ人の習慣に、何処か白けて達観していたくらい馬鹿らしいと思っていた。特に女神ヴィリプラカに関しては、どうせ物言わぬ大理石に吐き出すだけなのだから、ならばここぞとばかりに余計な事まで曝け出し、その結果、後で旦那の怒りを買ったこともしばしば。余りにも、この"聞き上手の女神"を使い過ぎて、周りから私が信仰心厚い古風な人間であると思われていたのは、今でもこうやって思い出すたびに笑がこみ上げてくるわね。ごめんなさいね、騙したつもりは全くないのよ。でも分かるでしょ?これが私ユリア・アグリッピナなんだから。


さてさて、家族や親戚の関係に亀裂が入り始めた頃、私は何をしていたかというと、実は妹ドルシッラと意見がすれ違ってばっかりだった。こちらは姉妹同士の喧嘩だから、仲直りも早いのだが、今考えればもっとしっかりドルシッラの事を考えてあげれば良かったと後悔もしている。そうそう、私達姉妹の中で神々に一番の信仰心の厚い古風な人物は実はドルシッラ。あの娘は男性の半歩後ろを歩く女性的な部分を理想にしているけど、何処か融通の効かない頑固さも兼ね備えているから、あんなにリウィッラ叔母様に口をへの字にして楯突いたりもしだす所がある。あたしは自分の立場が弱ければ、年上に楯突くなんて無理。どうせ子供扱いされるし、素直に敬語使って相手を喜ばせているのが無難だと思ってた。


案の定、そんなあたしの性格をしっかり見抜いていたの末妹のリウィッラ。不思議とこいつとは気が合って、時には良いパシリに使ったり、あたしが言いたくても言えないことを言ってくれたりとなかなか使える末妹。でも、それは末妹らしい天然でワガママな性格もあるので、時々こいつの泣き事で巻き込まれる事もあった。とくにリウィッラは盗み食いが病気的に止まらなくて、自分は一切やってないと言い張る癖がある。あたしじゃないよ、アグリッピナお姉ちゃんがやったんでしょ?などとなすりつけられて母ウィプサニアからこっ酷く怒られた事もあった。


それにしても妹って本当に面白い。同じ家族で育っているのに、こうも別の性格が形成されていくなんて。それこそ神々に答えてもらいたい不思議の一つ。色情狂神ユピテルだったらなんて答えるんだろう?そんな事どうでもよくて、白鳥か黄金の雨になって女性を追いかけ回してるのかしら?


「ああ!もう、アグリッピナお姉さんっていっつも寝巻き出しっぱなし。なんなの?どうして片付け無いわけ?!」

「片付けたくないから。誰かにやらせればいいじゃん。」

「そうじゃなくて!もう!今日はアントニア様のドムスから出る日なの。お母様が自分の持ち物は自分で片付けなさいってさっき言ったばかりじゃない。」

「だったらあんたの所に入れておいてよ。」

「どうしてよ。何で姉さんの寝巻きまでいれなきゃいけないの?」


ドルシッラはキンキンと甲高い声をあげながら、あたしの寝巻きを放り投げた。あたしもカチンと頭にきて、ドルシッラの寝巻きをすくい上げて、ビリビリっと引き裂いた。


「な?!何ことするのよ!酷い!」

「あんたが姉さんであるあたしの言うこと聞かないで寝巻きを放り投げるからじゃない!」

「だからって引き裂くことないじゃない!許せない!」


ドルシッラはすかさずあたしの寝巻きを引き裂こうとしたので、それを取り上げては逃げた。それでもしつこくキンキンと甲高い声をあげてくるので、あたしは思わず頭にきて、頬を平手打ちした。


「あんたね!その甲高いキンキン声をやめなさよね?!」

「もう…。痛いじゃない!お姉さんって本当にワガママ!!何で?!」


あたしはどっかでイライラしていたのかもしれない。


続く

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