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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十章「亀裂」乙女編 西暦22年 7歳
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第十章「亀裂」第百八十七話

ならば、セイヤヌスは当時どうだったのか?


私とクラウディウス叔父様が後に調査した結果を元に、セイヤヌスがどのようにリウィッラ叔母様を騙し、愛するドルスッス叔父様を毒殺させるまでの道のりを歩かせたのかを語ろう。


リウィッラ叔母様には侍医エウデモスがおり、彼は医学界の巨匠テミソンの信奉者の一人である。テミソンとはシリアにあるラオディケイア出身の医学者であり、医学の為の学校を設立したほどの男。だが、エウデモスはとても見栄えのするような人物ではない。背中は猫背気味で、鼻先にはイボが無数にあり、目元は誰かに引っ張られたように垂れ下がり、何よりも陰鬱な眼差しがエウデモスの卑屈な性格を表していた。


「リウィッラ様…。」

「なんだ、また侍医エウデモスかい?」

「そのエトルリアの媚薬を使うのはおやめください。」

「どうしてよ?」

「リウィッラ様ご自身を蝕んでいくので、今すぐおやめください。」

「…。」


リウィッラ叔母様は手鏡を持って、ご自分の顔を見つめてみる。セイヤヌスとの性欲に溺れた密会を繰り返してはいたが、その為に顎は引き締まり、目はシャープに鋭くなり、ほんの少しふっくらしていた頬もスッキリとして、ミョウバンや化粧のノリも良いと感じている。


「何よ?言われるほどじゃないじゃない。」

「しかし…。」


何よりも、あの端正な顔立ちのウィプサニアに、夫であるドルスッス叔父様を取られるわけにはいかない。子沢山でありながら、太るどころスラっと痩せてて、手足は長く、指先も細くて綺麗なのだから。


「セイヤヌスのくれた媚薬は一歩一歩、若い頃の美しさを取り戻しているような気分よ。」

「蝕んでいらっしゃるのは、身体ではなく、リウィッラ様の御心でございます。」


覗き込んでいた鏡に映ったリウィッラ叔母様は、エウデモスの陰鬱な眼差しと目が合ったが、気色が悪くて目を逸らした。


「リウィッラ様は恐水病をご存知ですか?」

「なんなの?恐水病って。」

「獣に惑わされた者は、感覚器官に刺激を与えられて、風の神や水の神を恐れる病気です。恐水病をセイヤヌス様に与えれば、あなた様はこれ以上セイヤヌスなどと付き合う必要がないはずです。」


セイヤヌスとの不義をやめるように言ってくるエウデモスだが、鏡越しに見える陰鬱な眼差しは、次第に自分の身体を舐め回すようになっていく。相変わらず気持ちが悪い男。


「侍医のお前が、私の私生活にとやかく言える立場か?!」

「申し訳ございません!ですがこのままでは、ドルスッス旦那様との関係修復も不可能な所まで…。」


そして、リウィッラ叔母様が振り向くと、その目線はストラに包まれたリウィッラ叔母様の乳房をジッと眺めてばかりいる。気味が悪い!!手鏡はすぐさま侍医エウデモスの顔へと投げつけられた。


「痛っ!!」

「エウデモス!もしもドルスッスにこの事を一言でも漏らしたら、あんた!タダじゃ済まないよ!!お前をわざわざ書類も偽造して、侍医にさせた恩義を忘れたわけではないでしょうね!?」

「わ、忘れてはございません。」


だが、それでもなお、顔に手鏡がぶつかった箇所を抑えた指と指との間から、エウデモスの気色が悪い目線が叔母様の乳房をジロジロ眺めている。


「本当に気色悪い男!下がりなさい!」


エウデモスは腰を低くして礼をしては部屋から出た。するといつものように、忌々しいセイヤヌスとすれ違う。チラッと見た後に、存在を消してその場から離れようとしていたが、なぜかその日は、傲慢なエトルリア人に呼び止められることになる。


「待て!」

「ひっ!」

「お前は、確か侍医の…。」

「エ、エウデモスでございます。」

「ああ!テミソンの信奉者の一人であったな?」

「はい!」

「そうか、テミソンか。実は、できれば後で、二人だけで話をしたい。」

「え?!私とでしょうか?」

「そうだ。時間は取らせない。」


妙な胸騒ぎを感じたエウデモスだが、親衛隊長官の誘いを断るわけにはいかない。嫌々ながらも従うしかなかった。


「分かりました…。」

「うむ、後でな。」


セイヤヌスは意気揚々とリウィッラ叔母様の待つ寝室へ入って行くが、エウデモスはこの時間がいつも気に食わない。不義を重ねるリウィッラ叔母様の、耳をつんざくような喘ぎ声が聞こえる度に、叔母様に対する己の欲望が抑えきれなくなるからだ。


「クッソ!クソ!クソ!セイヤヌスめ!リウィッラを強引に犯したくせに!あの悩ましい身体を好きにしやがって!」


彼の醜い性格は自分の怒りを鎮める方法も陰湿。鼻先にある無数のイボを何度も潰し、中から滴り落ちる粘りのある汁を指先に付け、それを咥えるように舐めるのである。そして日陰が長くなった頃、叔母様の寝室からは激しい息遣いは聞こえなくなった。


「セ、セイヤヌス様。」


事を済ませたセイヤヌスは爽快な顔をしている。だが、エウデモスはますます自分のイボの汁を舐めなければ、怒りがおさまらない。身振りは身分の上であるセイヤヌスには慎ましく振る舞うが、心の奥底では罵倒と愚弄の言葉で殺していた。


「フフフ、エウデモス。お前はリウィッラに惚れているのか?」


鷲に掴まれたウサギの気分だった。

な、何故?!そのような自分の想いがこの男の耳に?許さない!この男は自分を侮辱しているのだ!


「一度だけ、抱かせてやろうか?」

「は?」

「抱きたいのだろう?あの豊満な身体に吸い付いて、自分の手で穢したいのだろう?好きにさせてやると言ってるのだ。」


リウィッラを?本当なのだろうか?

醜いエウデモスの欲望は、この時半ば、セイヤヌスの奴隷になっていた。


続く

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