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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十章「亀裂」乙女編 西暦22年 7歳
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第十章「亀裂」第百八十五話

翌日のアウグストゥス宮殿。

リウィッラ叔母様の姿は無かった。


「ユリア・ウィプサニア、前へ。」

「はい…。」


祖母アントニアにドムスから出て行くように言われた母だったが、その前に曾祖母であり『国家の母』アウグスタである大母后リウィア様に、面通しを迫られていた。血筋からいっても、母ウィプサニアはティベリウス皇帝の養子であったゲルマニクスの寡婦。つまり法律上は大母后リウィア様の孫の結婚相手なので、大家族においては長寿の者へ伝える義務がある。


「ウィプサニアよ、今一度聞こう。我が実の息子であり現皇帝の組織に対して、対抗馬としての活動を行っていると聞く。この話は誠か?」

「…。」


母ウィプサニアはジッと大母后リウィア様を見つめて、わざとらしい笑顔を浮かべる。


「いいえ、ただの女の集まりです。」

「そうか…。その集まりが、単なる悪口を言い合うだけの主婦達の集まりならば、私自身が干渉するに値しません。」


しかし、アントニア様は母に真実を語るよう促した。


「ウィプサニア、ちゃんと答えなさい。」

「…。」


大母后リウィア様は母へ少しの安らぎを与えようと、微笑みを見せながらゆっくり答える。


「いいウィプサニア?つまり議論を交わすなら、とことんやりなさいと言ってるの。なにも貴女から目と口を奪い、耳を塞ごうとしているわけじゃないのよ。」

「クラウディウス氏族の方々も交えてって事ですか?」

「当然じゃない。」

「では、改めて聞きますが、『国家の母』アウグスタを名乗ることを許されなくなった貴女には、私達の集まりに『いちいち』内部干渉する権限はないのでは?」

「ウィプサニア!」


アントニア様は、無礼な母の発言を叱りつけようとした。だが、母は止まる事を躊躇せず、そもそものお定まりを苦言してきた。


「私の意志はたった一つ、現在のローマ国家繁栄は神君カエサルあってのもの。そして祖父アウグストゥス様の血を引く者こそが、本来皇帝の地位につくべきだと考えております。」


大母后リウィア様、母ウィプサニアの挑発的な発言を皮肉で返した。


「ではなにかい?ウィプサニア。貴女はカエサルの血を引かないクラウディウス氏族には、その資格が無いとでも言いたいのかい?!私はアウグストゥスの妃よ!」

「だったら、『カエサルの物はカエサルに』です!それこそが本来ローマ国家のあるべき姿ではありませんかで!カエサルがルビコン河を渡った時、あなた方クラウディウス氏族は何をされていたのか?!」


母ウィプサニアの勢いは止まらなかった。今まで沈黙して静観し、大母后リウィア様へ一言も答えてこなかったのは、まるで積年の恨みを晴らすべく、今日この日を待っていたかのようだった。


「カエサルの血を引く私の祖父アウグストゥス様は、カエサルの血を引く私の夫ゲルマニクスを!直々に次期皇帝継承者として名指しにされた事を、アウグストゥス様の后として、貴女が忘れたわけではありませんよね?!」


大母后リウィア様は、ふとアウグストゥス様の遺言書を思い出した。


「ところが現状はどうでしょうか?!カエサルの血を引かない、あの牛魔皇帝ティベリウスは私の夫ゲルマニクスが帝位するまでの繋ぎだったはずなのに!ずっと居座り続け、ピソをわざわざゲルマニクスとかち合わせ混乱させ、結局、毒殺されて帰らぬ人となってしまった!」

「…。」

「そもそもの原因は!カエサルの血の引く者達を、ことごとくあなた方クラウディウス氏族から命を奪われ、その繁栄からのおこぼれにもありつけない状態ではありませんか!」

「カエサルの血を引く者たちの命を奪ったですと?!よくもそんな事を!」

「ご自分の胸に手を乗せて、よく思い出せば分かるのではありませんか?!私の大切なアグリッパ父様を含め、私達家族の命をめちゃくちゃにした張本人は、クラウディウス氏族の頂点に君臨するリウィア様、貴女の指示からではありませんか!」


母の言うように、カエサルのものをカエサル家だけにするには、悲劇によって苦境に立たされた家族達の『大義名分』と、民衆の誰もが喜ぶ敵という『嘘』が必要。母ウィプサニアは、ゲルマニクスお父様が死んでからずっと巧みに計算をして、この嘘をつくためにすべてを演出してきたのである。


"いいか、ウィプサニア。これはピソ達による毒殺何かでは無い。決して私がこの世を去ることになっても、現皇帝ティベリウスは私の父の兄だ。復讐というローマの魔物に己の心を投じず、どうか子供達を育ててやってくれ…。"


後に私とクラウディウス叔父様が結婚した門出で調べた結果、父の最後の言葉は、父の宦官であったタルキスによって父の署名と共に、ウェスタの巫女へしっかりと保管されていた事が分かった。つまり、母は父ゲルマニクスの最後の想いを踏みにじり、『嘘』を誠のように掲げ、まさにルビコン河を渡るが如く一線を越えてしまった。


そして、大母后リウィア様を悪女や毒婦としてのイメージを植え付けようとした最初の人物こそ、ローマの魔物に魂を売り飛ばした私の母ユリア・ウィプサニア・アグリッピナだったのである。


続く

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