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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十章「亀裂」乙女編 西暦22年 7歳
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第十章「亀裂」第百八十四話

母ウィプサニアと叔母リウィッラの女の性。


共に美しく女性であり、求めるものは違えど、少なくとも私がまだ幼かった頃は、互いに慎ましく尊重し合う女の友情を築いていたはずだったのに…。


一つのローマの煉瓦が無くなると、女の友情は崩れ落ちる水道のように、あっという間に脆く壊れていく。それどころか、互いの領域に踏み込んで、今度は互いの主張を激しくぶつけ合いながら、互いの人格まで貶し合う。私達子供同士の口喧嘩と訳が違う。それによって親戚同士は分裂してしまうのだから…。


「いい加減に話したらどうなのさ!?ウィプサニア!」

「何をですか?!大体貴女のような感情的な言い方ばかりしか出来ない人には、何を語れと?語るに及びません。」

「そうやって澄ましていられるのも!あんたがゲルマニクス兄さんを利用しているからじゃない?!」


一度開けられた悪感情の蓋は、互いに尊重し合うことに気がつかなければ、閉じることな無駄とでさえ思ってしまう。


「今度はあたしの旦那ドルスッスを抱え込んで、あわよくば子供でも産もうって魂胆なんだろう?」

「なんてことを?!リウィッラ!あんたそれでも母親かい?!」

「アントニア母さんは黙ってて!邪魔したらタダじゃ済まないから!」


あの日のリウィッラ叔母様は、気迫をほとばしらせて、毒蜘蛛でも飼っていそうな汚い言葉を吐き出して、他の者を圧倒させていた。その理由は、ご自分が抱えきれないセイヤヌスとの大きな闇を、辺りに怒りをぶちまけて目立たなくさせるためだった。


「あんたのところ家族は昔から股の緩い雌豚ばかりじゃないのさ!あんたの姉も、そして母親も!あのアウグストゥス様の血を引くとは思えないほど、だらしない雌豚!ローマの下水道クロアカに流れると豆でも、餌にしているのでしょうね!」


自分の母親がキレた時を見た事があるだろうか?右手を放り投げるように、母ウィプサニアはついにリウィッラ叔母様へ手の甲を使って頬を叩き、ストラの胸元を掴んだ。


「クッルス!セリウス!」


すぐさま、クッルスとセリウスが二人を止めに入ったけど、二人は部屋の両脇に追いやられても、互いの家族、兄弟、子供達を罵り合っている。私はそばで泣いてる三女を抱き寄せながら、ただジッと眺めることしかなかったのだが…。


「イタっ!」

「それ以上、母さんの悪口を言うな!」


必死に口をへの字にして今まで涙目で耐えていた次女のドルシッラが、ついにはち切れて近くに転がった梨をリウィッラ叔母様の顔へ投げつけた。


「ドルシッラ?!」


すぐさま駆けつけて押さえたのは兄カリグラだった。だが、今度はドルシッラが今まで見たこともないような形相で、必死に怒りをリウィッラ叔母様へぶつけている。


「母さんを何で守ってやらないんだ?!あんたはゲルマニクス父さんの妹だろ?!」


子供から説教を喰らえば、大人だって黙っちゃいない。


「あー!ゲルマニクス!ゲルマニクスって誰も彼もうるさいんだよ!誰もあんた達なんか可哀想となんか思っちゃいないのさ!ただ、外にいる連中は、情けを掛けてくれるだけで、一体何をしてくれたんだい?!」


リウィッラ叔母様が苛立ちを見せながら、私達子供にも毒を吐いてきたけど、最後に目を合わせたのは私の事だった。私は母のことで、あんなに仲が良かった叔母様にこんなにも睨まれなければいけない現状が悔しくて悔しくて。目が合っている間は、叔母様は歯ぎしりしながら涙をためてとどまっているけど、私は叔母様に助けて欲しい思いを込めて笑顔で応えた。


「アグリッピナ…。」


流石に叔母様は、ご自分に嘘をつかれても、私やジュリアと過ごしたはぐれ者達の思い出までには、毒を吐くことが出来なかったみたい。


「リウィッラ!もう気が済んだろう?!とっととお帰り!」

「ええ、そ、そうするわ!」


だが、アントニア様はもう一つ、去り際の叔母様へ言葉を添えた。


「でもね、あんたはどこに行っても、何を言っても、あたしのたった一人の娘なんだよ。何が気に食わないのか知らないけど、それだけは忘れないで頂戴。」


小さく、ほんの小さくリウィッラ叔母様の肩の力が降りたようだったけど、でも何も語らず、そのままゆっくり去って行った。母ウィプサニアを許せない想いと、未だにアントニア様に愛された一人娘としての想い出が、まだまだ叔母様の心でせめぎ合っていたのかもしれない。


「ウィプサニア。」

「はい、アントニア様。」

「単刀直入に貴女には伝えます。もしもこれ以上、貴女が自分の志を曲げないというならば、このドムスから出てって頂戴。」


え?!

どうしてアントニア様!


「あんたは確かに私の可愛い息子の寡婦だよ。孫達だって可愛くて目に入れても痛くないくらい。だけどね、どんなに憎まれ口を叩かれようとも、あの娘も私の可愛い一人娘なんだよ。もうこれ以上、火種になるような事は避けたいのさ。」

「そう、ですか…。」


母ウィプサニアは、落胆しているような表情を見せて頭を下げた。だが、三女リウィッラをあやしていた私には、はっきりと見えたことが一つあった。一瞬だけ、たった一瞬だけ、母はこの瞬間を待ってるかのように笑っていた。


続く


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