第十章「亀裂」第百八十三話
その頃、帰ったふりをしてリウィッラ叔母様のドムスにあるアトリウムに居続けるセイヤヌスの一団は、リウィッラ叔母様の対処について話していた。
『教祖、先ほど媚薬を置いていったのは、何故なのでしょうか?』
『もう遠回りは十分したが、リウィッラは我らの一派に入り込ませるのは無理だ。ならば、何が一番良い方法か?それをトゥクルカ様へ問いかけたところ、"敵の望む物を与えよ"と申された。』
『それでは、本物の媚薬を手渡したのでしょうか?!』
リウィッラ叔母様は耐え切れず、すぐさまその媚薬の入った小さな小瓶を取り、蓋を開けてみる。
『今までリウィッラに渡していたのは、ドルスッスの心を取り戻すためと偽った少量の毒薬だ。時間は掛かるが、確実にドルスッスを抹殺する為の手法だったのだが、あの様子では疑心暗鬼に駆られてこれ以上ドルスッスに薬を飲ます事はもうないだろう。』
瓶の中から香り立つ匂いに、リウィッラ叔母様は抵抗力を失っている。
『そこで、エルサレムからやってきた商人が、小アジアから取り寄せた本物の性欲を活性化させる媚薬を置いてきた。効果を疑っている雌豚は、馬鹿みたいに気になって自分で試すだろう。』
さも口紅を塗るかのように、小指の先に少量の媚薬をつけ、リウィッラ叔母様はそれを舌先で恐る恐る触れてみた。
『トゥクルカ様は常に仰っている。"人の捨てきれぬ疑いや興味という心は、闇夜や深海のようである"と…。つまり果てしないということだ。興味が無くて、自分の人生に必要の無いものなら突き返すだろう?だが、あの雌豚はしなかった。』
突如、雷が頭から足元まで突き抜けるような刺激がリウィッラ叔母様を支配し、あっという間に身体中の力が抜け、血が激流するような感覚に陥ると、思わず出したくもない喘ぎ声が、次々と胸の奥から吐き出されていく。
『発汗はもちろん、目は昼間の太陽を直視したように冴え、すべての肌は敏感にあらゆるものを捉え、時の流れは遅くなり、囁きさえも北風のように心をかき乱して感じていく。当然今までのように、神々が与えし性欲を抑えることは出来ない。鎮めるものがあるとすれば、それはただ一つ…。』
『ただ一つ…?』
『いいから、貴様達は外を見張っていろ。』
セイヤヌスはニヤついた。
と、同時になぜ今までこの方法を選択しなかったのかが、愚かな自分を嘲笑するしかない。
「リウィッラ…。」
「はぁ!?セ、セイヤヌス?!ど、どうしてお前がここに?!」
「神々が与えられし物に、お前はなぜその豊かな太腿合わせている?」
「い、いや!来ないで!」
「それは神々の意思なのか?それとも、貴様が単に拒否しているだけなのか?」
「やめて!」
「サビニ人を祖とするクラウディウス氏族との混血であるお前が、代々こうやって生き延びてこれたのは、ローマ人に略奪されたからだろう?」
「近寄らないで!!」
「いくらローマ人に略奪されたからといって、お前の祖であるサビニの女子供は何故ローマ人から逃げなかった?」
セイヤヌスは歯茎を剥き出しながら、眼光は鋭くリウィッラ叔母様の目を捉えている。
「それはお前達サビニの女達は、大いに淫らに、背の低いローマ人の肉体を、貪り愉しんだからだろう!」
引き裂かれるストラの奥に、三年前に双子の男子を二人産んだとは思えないほど、悩ましいリウィッラ叔母様の生足が姿を表した。
「もう、躊躇はせぬ、リウィッラ!貴様がエトルリアを愚弄するならば、貴様に最上級の悦楽という侮辱を与え、貴様のその憎き顔に、俺の全てをぶちまけてやろう!」
奴隷は縛られることで安心する。
肉体の奴隷になった叔母様は、セイヤヌスより肉体を犯される事で安心してゆき、そしてついには自らセイヤヌスへ身体を求めるようになっていった。目を閉じず、常にセイヤヌスを見下ろし、自らの性を相手の肉体へ君臨させ、ドルスッス叔父様に構われなかった自分自身を擦り付けるように…。
「セイヤヌス、エトルリア人のくせに大した物を持っているじゃない。」
「う、っぐ!」
「もう、果ててしまうのかい?冗談じゃないよ。あんたが先に始めたんだからね。終わらせようとも、逃すものですか。」
「この雌犬め!」
「豚と呼ばれなくて良かったわ。セイヤヌス、あんたも好きにすればいいのに。」
「?!」
すると叔母様はセイヤヌスの口元に、自分の舐めたエトルリアの媚薬を流し込む。セイヤヌスは計られた事に気が付いたが、もう遅かった。リウィッラ叔母様と同じ症状が雷のように、身体中を突き抜けていく。こうして、リウィッラ叔母様はセイヤヌスとは離れられない関係を重ね、一番愛おしいはずだったドルスッス叔父様を自らの手で殺めてしまうのであった。
続く