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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第二章「母」少女編 西暦18年 3歳
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第三章「母」第十八話

それは想像を絶するような美しさだった。

大理石でできた支柱達も、壁達も、床も、屋根も、モザイク画達も、あらゆる全てが気品と優雅さに溢れている。ここでの奴隷達でさえも、主人の虚栄を満たす為の影なりに一級品ばかり集められてる。私はただ、ドルススお兄様に抱っこされながら、少し薄暗いアウグストゥス様の宮殿内の天井をわくわくしながら見上げるばかりだった。


「お兄様、すごいですわ。」

「なんだ?ユリア、もう泣き止んだのか?」

「だってとっても素敵なんですもの。」

「あははは、現金だな~。」


後にクラウディウス叔父様から伺ったところによれば、それでも初代皇帝アウグストゥス様の時代に比べれば、随分と節制されていたとのこと。簡素な気品と優雅さは、二代目皇帝ティベリウス皇帝による神経質な政策が行き届いている証拠だったらしい。私は思わずドルススお兄様の抱っこから降りて、自分の足でしっかり歩きたくなった。


「お兄様、降ろしてくださる?」

「ああ、勿論だよ。」


ドルススお兄様はゆっくりと私を床へ着地させると、私は自分のストラをたくし上げながら、前にいるお母様の歩調に合わせて、背筋を伸ばしてゆっくり歩いた。


「ほら、ドルシッラ。もう平気だよ。」

「はい、おにいたま。」


ネロお兄様に抱っこされていたドルシッラも泣き止み、お兄様の右手を掴みながらトボトボ歩き始める。格調高さに溢れているアウグストゥウス宮殿こそ、世界の中心なんだと思わされた。


「よく来たな、ウィプサニア…。」


この声は聞いた事がある。

蛇の様な鋭さと冷徹な眼つきをした初老。お父様が声を荒げてた相手。元老院議員でもあり、シリア属州の総督ピソだった。


「ピソ様、ご機嫌麗しく…。」

「ぞろぞろと、随分と宮殿には似つかわしくない背丈ばかりだな?」


ネロお兄様はすぐさま察してピソへ挨拶の為に頭を下げ、ドルススお兄様もドルシッラもすぐに頭を下げた。ピソは満足気に嫌らしい笑みを浮かべてる。


「さすが人気者のゲルマニクスの家族だけある。名ばかりだけでなく、礼儀が行き届いているものだな?」


お母様も、粗相の無いように再び頭を下げる。


「左頬に平手の跡を残した女子を除いては…。」

「え?!ユリア?」


だが私は、何故かポカンと外から外部者のように眺めてた。頭を下げなければいけない事は分かっていた。でも何処かで、お父様が背中を後押ししてくれたのかもしれない。


「ピソ様、すみませんでした!ほら、ユリア、ピソ様にご挨拶を。」


ネロお兄様がすぐに背中にやって来て、私の頭と身体を軽く屈折させた。だがその時でも、私はピソの目をしっかりと見たままでいた。


「…。」

「フッ…。ウィプサニア、この長女は大した肝っ玉の持ち主だ。まるで、お前の頑固な旦那とソックリだ。」


冗談を言ったつもりなのかもしれない。

その言葉と裏腹に、瞬きもせずに私を見下しながら眺めるピソ。お母様は目を合わせず頭を下げたまま。お父様が何故、この蛇に謙る事ができないのか。その時の私は頭では理屈を理解できなくとも、きっとユリウス家の血筋が何かを理解していたから、頭を下げることは決してしようとしなかったのかもしれない。


「ピソ様、我が長女のご無礼をお許しを…。」

「まぁ、良い。セイヤヌス様とティベリウス皇帝陛下が謁見の間でお待ちだ。」


背中を向けたピソだが、この蛇は今でも私を許さず、背中から睨みつけている。どんな者でも容赦しない男だから。私はお母様に怒られて睨まれると思った。ところが、頭を下げたままのお母様の口元には、今まで見た事の無い歯軋りする仕草が、一瞬垣間見れたような気がした。そしてお母様は、まるで私の存在を消し去ったように背中を向けて、ピソの後にゆっくり歩いていく。


「ネロお兄様、寒い…。」

「うん?ユリア、どうした?」


その時私が肌で感じたことは、何とも言えない異様な冷たい風だった。

格式や品格という優雅さを隠れ蓑にしている人間のエゴ。それも羊の皮を被った狼達を更に飼い馴らしているローマという魔物。薄暗い宮殿内から肌を伝わって感じた冷たい風は、親も兄弟も姉妹も、そして私自身も我が子も翻弄されていく、ひょっとしたら『ローマの魔物』の息吹だったのかもしれない。



続く


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