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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第九章「初恋」乙女編 西暦22年 7歳
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第九章「初恋」第百七十三話

サートゥルナーリア祭七日目 夕方。


私は自分は悪くない。

そう思っていたのに、ムキになって血走ったパッラスの眼光が瞼を閉じても離れない。初めてアントニア様の水井戸から水を盗もうとした、あの死なども恐れない頃のパッラスの鋭い眼光が私を殺そうとしている。


「怯えているのか?アグリッピナ。」

「ううん。」

「強がるなよ。」

「怯えてなんかないもん!ただ、びっくりしただけ。」


カリグラ兄さんは優しく私の肩を摩って落ち着かせようとしてくれたけど、ドルシッラを襲った兄さんなんか、気色悪くて嫌だから腕で払いのけた。


「やめてよ。」

「ったく、相変わらずお前は強情で意地っ張りだな。」

「兄さんなんかに、言われたくない。」

「だがよ、ずっとおれは見てたけど、今回はお前が悪い。」

「はぁ?な、何で?」

「あんな言い方されれば、奴隷でなくとも頭来るって。」

「わ、私は謝ったのよ!なのになんでよ?!何であんな風に睨まれなければいけないの?!」

「お前は、リウィア曽祖母ちゃんのところで奴隷の扱いに関して何を習ってたんだよ?」

「ちゃんと習ったもん!」


カリグラ兄さんはヤレヤレとでも言いたげで、ため息をつきながら腰に手を回してクドクド言い出した。


「アグリッピナ、お前はスパルタクスという花形剣闘士を知ってるか?」

「馬鹿にしないでよ。トラキア人の戦争捕虜だった奴隷でしょ?ローマ国家相手に反抗した奴隷スパルタクス。知ってるわよ。」

「では、その花形剣闘士だったスパルタクスが、何故わざわざ戦まで起こして反抗したか分かるか?」


そんなこと!

あれ?なんだっけ?


「いくら戦争捕虜で奴隷だったとしても、超一流の剣闘士だぜ。世界中の人気者だったんだ。入ってくるお金だって莫大だったし、はっきり言って奴隷にしては意外に不自由無い暮らしをしてたんだ。なのにだ、スパルタクスは国家ローマに刃向かった。何故だ?」


本当に分からない。

何でだろう?


「色々な説はあるだろうが、それらはスパルタクスを英雄視したトラキア人や、奴隷を危険視したローマ人が勝手に言ったもの。本当の理由は誰にも分からないんだ。」

「なーんだ。」


ところが、カリグラ兄さんは頬を軽く叩いて叱った。


「痛い!な、何をするの?!」

「いいか、アグリッピナ。奴隷を甘く見るなって事を忘れるな!」


カリグラ兄さんの目は真剣そのもの。普段のように、私をいじめたりしているわけではなかった。


「いいか?下層階級のやつらには、奴らなりの哲学や美学があって、俺達上流階級の人間が手荒に扱って初めて主人と奴隷としての秩序が成立してされるんだ。そうでもなかったら、誰が好んでクロアカ・マキシマに住みたいと思う?」

「…。」

「人の憎しみは、お前が頭下げた所で消え去るようなそんな甘いもんじゃない。理屈やルールを超えたところに存在するんだ。それを抑えられるのは、お前自身が奴らに畏敬の念を持たせるほど、巧みに皇族として振舞うことが絶対条件だ。そのバランスが崩れた時、さっきみたいな事が起こるんだ。」


妙な説得力。

確かに兄カリグラは、幼い頃から父ゲルマニクスと戦場に出てただけある。たとえ過保護な勝利祈願のマスコットだったとしても、その血生臭い戦場で多くの人間の闇や理不尽さを肌で味わってきたんだ。


「いいか、奴隷には絶対に謝るな。奴隷に謝ることは、腹を空かせた虎の口に自分の頭を突っ込むようなものだ。」


生まれて初めて、兄カリグラの正しさを感じた瞬間であった。


続く








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