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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第九章「初恋」乙女編 西暦22年 7歳
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第九章「初恋」第百七十二話

サートゥルナーリア祭七日目 昼。


クロアカ・マキシマとは、その名の通り、湿地帯であるローマ市内に作られた最大級の下水道。今から六百年前の王政ローマ時代、五代目の王タルクィニウス・プリスクスが半ば強制的にローマ市民の貧民階級の労働力を使って、エトルリア人の叡智であるアーチ型の技術を結集させ、この公共事業を実現させている。

ティベリス河への廃水を主にしている施設、とりわけ、公共浴場や公共便所など、大人数の人間が一度に利用しなければならない場所のみ、このクロアカ・マキシマを利用している。あくまでもパラティヌス、カピトリヌス、そしてアウェンティヌスの三つの丘の間の平坦にあるフォルム・ボアリウムの地下にある下水道に、パッラスとフェリックスの二人はあらゆる排泄物が流れてくる中で切磋琢磨暮らしていた。


「食べ物が無かった僕らは、下水道から流れてくる残り物を洗って食べてたりしてたよ。」

「えええ?!」

「流れてくればいい方さ」

「ばっちい!」

「流れてこない時は何にも食べれないから、じっと我慢するしかないんだ。他の連中は鼠を捕まえてたけど、あれは焼いて食べても後で死んでしまう孤児達が多かったから、僕らはどんなに空腹でも食べなかったんだ」


その話を聞いただけでも、私は気分が悪くなってしまった。しかし、パッラス達の話によると、ローマ市内にはそういった路上生活孤児達がいっぱいいて、その中でも階級闘争や縄張り争いなどもあるのだと。


「パッラス兄ちゃんは、その中でも群を抜いて誰よりも強かったんだ。誰にも負けなくて、ちゃんと孤児達を統率してたんだ」

「そうだったな」

「でも、アクィリアがやって来てから、あの娘をこのまま排水溝のクロアカに住ませるわけにはいかないって思って、僕らはインスラの空き部屋に三人で暮らすようになったんだ」


そこでパッラスは、私が大母后リウィア様から頂いた桃を盗んでたわけだ。


「でも、フェリックス。僕達はアグリッピナ様のお陰で、本当に幸運な人生を送っているよな。こうやって奴隷としてちゃんと仕事ももらえてさ」

「うん。だからギリシャ語を教えられる仕事にありつけなくたって全然平気さ」


私は自分を恥じた。

先日のガチョウの肝臓料理を作ったリッラとシッラもそうだったが、ただ、私が皇族生まれってだけで恵まれた環境にいること、下層階級との価値観の違いとはいえ、彼らは必要最低限の生けて食べてゆけるだけでもままならないのに、私はさも初代皇帝アウグストゥス様にでもなった気分でパッラスとフェリックスを駒として扱ってしまった。


「ごめんなさい……」

「え?!」

「どうしたんですか?アグリッピナ様。」

「貴方達がそんなにも苦労して生きてきたというのに、貴方達の環境も状況も分からず、ギリシャ語を教える奴隷になればだなんて言ってしまって」


フェリックスは、頭を下げてる私に戸惑いを隠せず、やめてくださいとすぐに懇願してきた。でも、年上の、パッラスは違っていた。仁王立ちしたまま私を静かに見下ろしている。


「アグリッピナ様、あなたは私達が哀れで可哀想だからだと感じ、そのように頭をお下げになられたのでしょうか?」

「ええ、そうよ。奴隷の中でも貴方達は恵まれない環境の中で、必死に生き抜いてきたのに、そんな事すら知らなかった私は、なんて愚かなんだって…」


だが、パッラスは叫んだ。


「ふざけるな!」

「?!」

「に、兄ちゃん?!」


パッラスは歯をジリジリと軋ませながら、眉間にシワをよせて寂しそうな目を見せている。


「奴隷に憐れみを持つのは主人の勝手だが、だからと言って主人が奴隷に頭を下げる行為ほど、奴隷にとって、いや、元アルカディアの王国の血脈を持つ俺には屈辱的で耐えられない!」


ど、どうして?!

私は貴方達が生きてきた環境が余りにも無残だったから、可哀想って思ったんじゃない!申し訳ない気持ちでいっぱいだから謝ったんじゃない!それを、なんで?


「アグリッピナ様、あんたには本当にアクィリアの事も含めて本当に色々感謝している。でも、あんたが俺達に頭を下げる屈辱感だけは、俺達は決して受け止めることはできない!」


な、なによ!


「お兄ちゃん……」

「ちょっと、パッラス!いくらなんでも言い過ぎ無いない!あんたはあれだけアントニア様に言われたのに、またもや奴隷のくせに、アルカディアの王国の血脈があるだなんて言い出すわけ?!」

「ああ!あんたが分からずやの高慢ちきな娘だからさ!」

「パッラス兄ちゃん、やめなって!」


なんなの?!

どうして私はここまで言われなきゃいけないわけ?!ふざけないでよ!


「大体奴隷のくせに!いつも偉そうに生意気で!」

「な、何だと?!」

「あ、あんたの命なんか!あたしの一言で、どうにでもなるんだからね!」

「この!やれるもんならやってみろよ!アルカディアの誇りにかけて、この命をささげてやるさ!」


パッラスの怒りは頂点に達し、今にも私へ襲いかかろうとする勢い。目が血走ってるパッラスに殺されると思った。


「パッラス!やめろ!」


カ、カリグラ兄さん?!

そこにはフェリックスと年齢が変わらないのに、凛々しくも堂々としているカリグラ兄さんが異様なオーラを放って立ってた。


「ガ、ガイウス様?!」

「パッラス、聞き捨てならない言葉だな。貴様は我ら皇族であるユリウス家の長女であり、我が妹アグリッピナの命を奪うつもりか?!」

「い、いえ!」

「では、野蛮で無礼なその言葉使いはなんだ!血走った眼光をいつまでも予に向けるというならば、貴様だけでなく、貴様の弟フェリックスの命も無いと思え!!」


パッラスとフェリックスの二人は、天高らかに張り上げた威厳あるカリグラ兄さんの言葉に、奴隷としての身分をわきまえてひれ伏している。カリグラ兄さんが、まさか私を助けてくれるなんて…。


続く

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