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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第九章「初恋」乙女編 西暦22年 7歳
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第九章「初恋」第百七十一話

サートゥルナーリア祭七日目 昼。


マルクス・アントニウス・パッラスと私の関係は何かと問われれば、公では主人と奴隷でしかなかった。物好きな歴史家達や共和政に入れ込んだ人間から見れば、私を毒婦や悪女に仕立て上げる条件として、パッラスが私の愛人だったと言いたいのでしょうね。


"あのアグリッピナと奴隷のパッラスはできてるのさ!"

"でなければ無理だろうよ?一度カリグラ帝に流刑されたアグリッピナを皇妃にする事なんてよ。"

"あの女なら、なんでも役に立つものは利用するに決まってるはずだ!"


そうね、確かに私は叔父のクラウディウス様も含め、間接的に自分の手を穢して多くの命を奪ったのは事実。パッラスがいなければ、私も皇妃になれず息子も五代目皇帝になれなかったでしょう。でも、ゲルマニクスお父様に誓って、私とパッラスの間には純粋な愛情以外流れる事が無かった、深くて広い溝があった事を本当の事実として語りましょう。


私の為ではなく、パッラスの名誉の為に……。


「パッラス達は、一体どうしてそんなに綺麗に発音ができるの?」

「だから言ったじゃん、僕と兄さんはギリシャのアルカディアから来たって。」

「それって本当なの?アルカディアの王族の血筋があるって。」


パッラスは肩を竦めながらも、優しい眼差しで詳しい話をしてくれた。


「アルカディアはペロポネソス半島中央部でしたが、今から四百年前にアルカディア同盟が成立されて、その中心部にメガロポリスが建設されたんですよ。それによって、多くの人たちが行き交う事が可能になり、多くの発展を遂げました。だから僕たちも自然と色々な発声を覚えてきたんです」

「方言もあるんだよ!でも、アグリッピナ様には難しいかな?」


私は呆気にとられるしかなかった。奴隷とはいえ彼らの話す言葉は、私達が公用語で使わなければいけないギリシャ語。それも彼らの発音はとても綺麗なのに、今まで私の前ではそれさえも披露してくれなかったのだから。


「なんで?」

「え?」

「なんでそんなに綺麗なギリシャ語を話せるのに、私の前では一度も話してくれなかったの?!」


私は少し頬を膨らませ、眉を鋭くさせて問いかけると、二人はお互いに、だってねぇと言いたげな顔を見合わせている。


「あのですね、ローマ市民の前では奴隷達はギリシャ語を話さない方がいいって、奴隷同士から教わってて。例え喋れるとしても、もし喋れば嫉妬されて殺されるって」

「卑下されているユダヤ人にも、ラテン人にも、殺されるって僕らは教わったんだ。ギリシャ人の奴隷達は、常に優遇されるからって」


ローマには自由人と奴隷という、二つの階級で大きく分けられている。自由人とは人としての権利と義務と自由を有し、奴隷とは自由人に所有され、支配される者の事。さらに自由人も二つに分かれ、生来自由人と解放奴隷自由人に分かれる。生来自由人はローマ市民及び属州自由人に分かれる。一方、解放奴隷自由人はローマ市民、手続きを踏まずに解放されたラテン人、解放された戦争捕虜の降伏外人に分かれる。私達皇族は当然、自由人で生来自由人で手続きを踏んだローマ市民。では、パッラスとフェリックスはというと、まだアントニア様からは解放されていないし、戦争捕虜の外人でもないので、そう考えると彼らは確かに、統治下及び属州下における単なる奴隷階級となる。


「でもさ、アントニア様は本当にあんた達を心優しく迎えてくれたんだから。せっかく綺麗なギリシャ語で発声できるなら、そっちの方で能力を活かさなきゃ損じゃない。シッラやリッラのように解放奴隷になる事だって夢じゃないかもよ。」

「そうは言っても、なぁ、フェリックス。」

「うん。別にアントニア様を信頼してないわけじゃ無いけどさ」

「何なの?」

「ギリシャ人の奴隷達は、誇り高い分、用心深い所もあるんです」


事実、教養や博識のある奴隷階級のギリシャ人達は、その能力を利用して、大富豪のローマ市民に専属として買われ、いわゆる奴隷階級特有の肉体労働から解放され、一生涯を教師として終える解放奴隷もいた。だが、そんな奴隷は稀な話であって、それこそアヘノバルブス家に殺されたアクィリアのように、主人の気紛れであっという間に積み上げてきた財産や、解放奴隷としての未来への権限を奪われる事は日常茶飯事。中には浪費グセのある主人に隠れて、その妻が奴隷達に将来解放する嘘の約束をし、彼らに支払った分の賃金までもせしめる人さえいたとか。


「ローマ市民が別に嫌いってわけじゃないさ。でも、アヘノバルブス家のような奴もローマ市民としてのさばってるって思うとな」

「うん」

「それに僕らがここで奴隷になる前の頃、路上では本当に虫ケラ当然の扱い。いや、それ以下さ」

「そうだったね、お兄ちゃん…。」

「アグリッピナ様は知ってるかな?クロアカ・マキシマって」

「クロアカ・マキシマ?!」

「知らないの?!ローマにある最大級の下水道の事だよ。僕らはアグリッピナ様に見つかるまで、ティベリス河近くにあったクロアカ・マキシマの排水口に住んでたのさ。」


ええ?!

私は絶句した。


続く

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