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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第九章「初恋」乙女編 西暦22年 7歳
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第九章「初恋」第百六十九話

サートゥルナーリア祭六日目 夜。


随分の間に浸したガチョウの肝臓を揉んでいたら、なんとか臭みが上手く取れてきたみたい。少なくともリッラは十分満足そうな顔をしている。


「うんうん、さすがアグリッピナ様。皇族の方が揉まれると、肝臓もイキイキしてきますね。」

「あー、あたしらみたいな蛮族ですと荒っぽくて旨味が出てこないんですよ。」


本当はおべっか。

でも、彼らは私に気を使う事が当たり前の階級。今夜はなんだか自分がそういった、気遣いに支えられて生きている事を、すごく意識してしまう気分。やっぱりシッラのカサカサで剥がれ落ちた指先を目の当たりにし、しかもまるで危険物を取り扱う様に、私の指先の肌荒れを気にしてくれたからかもしれない。


「さぁ!アグリッピナ様が一生懸命揉んでくれたガチョウの肝臓を、葡萄酒と一緒に火で炙りますよ~。」

「あー、アグリッピナ様!火元からは離れてくださいよ。とっても危険ですからね。」


するとシッラが私の両肩に優しく手を添えて、火元から離れるように距離を取ってくれた。リッラはカコンカコンとフライパンを火で焙りながら、紫煙が全体から出てくると、先ほどのバターを氷の上で滑らす様に転がしてる。


「うわー、面白い。」

「ええ、オリーブだとこういう光景はまず見れないですよ。」

「あー、こうやって満遍なくフライパン全体にバターを溶かす事によって、脂が引かれるわけですね。」


リッラは本当に器用に手首をクイクイと回しながら、あっという間にバターを溶かすと、今度はオリーブとは全然違った匂いが立ち込めてきた。ふんわりとして、なんだか面白い匂い。


「シッラ!ガチョウの肝臓を。」

「あー、はい。」


シッラが手渡したガチョウの肝臓が、見事に次から次へとフライパンへ放り投げられると、ジュージューと香ばしい匂いとともに焼かれていった。そこへさらに葡萄酒を注ぐと、見事に火柱がフライパンから上がった。


「うわ!何?火事!?」

「大丈夫ですよ、アグリッピナ様。これは一つの調理方法なんです。」

「あー、でも危険だから、そばによってはいけませんよ。」


さらにボワっと火柱が立つと、リッラはクイクイフライパンを回しながら、ささっと見事に焼き上げて、銀色のお皿へ次々と肝臓を乗せる。


「シッラ!盛り合わせ宜しく!」

「あー、ハイハイ。」


不思議なバティルウムのふんわりした匂いと、ジュージューいってた香ばしさが、葡萄酒の柔らかい香りと混ざって、よだれが出てくるほど美味しそうだった。するとリッラが一切れだけつまんで、フーフーと息を吹きかけてウィンクした。


「アグリッピナ様、お口アーン!」

「ええ?!いいの?」

「あー、熱いからヤケドしないでくださいよ。」


私はガチョウの肝臓を一切れもらって、自分の口の中へ放りこんだ。ホグホグと熱さと戦いながらも、唾液が次第に周りを包み始め、次第にバティルウムの美味しいとろみと、肝臓の中から溢れ出してくる脂身が、魚醤のガルムと見事に溶け合って、何とも言えない美味しさだった。


「何これ?!!!ウンマ~イイ!!」

「あははは!良かった!」

「あー、アグリッピナ様が美味しいと言ってくれれば、安心して皇族の方々に出せますね。」

「ええ?!あたしは毒味だったわけね!もう!」

「あははは!」


でも、それにしてもとっても美味しくて、ほっぺがとろけちゃいそう。これなら豚の肝臓料理よりも、すっごくイイかもしれない。すると相変わらず解放奴隷の被るフリジア帽が似合わないアントニア様が駆け込んできた。


「ねぇねぇ!一体なんの香りなの?とっても美味しそう!」

「アントニア様、ガチョウの肝臓を盛り合わせてみました。」

「ええ?!ガチョウの肝臓を!?だって豚じゃなかったの?」

「あー、それが養殖場の主人が間違えてしまって…。」

「まぁ!」


私は困っている二人を助ける為に、ガチョウの肝臓の美味しさを、アントニア様へ力説した。


「アントニア様、今回のガチョウの肝臓ですが、豚の肝臓には手も足も出ないほどに、とっても美味しくてほっぺたとろけちゃいそうでした!ぜひ皆様に味わっていただきたいです!ガリア出身のリッラが秘伝の油を使ったんです!」

「秘伝の油?!一体何それ?!」

「あー、それは…。」


私は咄嗟にシッラの言葉を遮って、説明した。


「それはトロイアから伝わる、動物性の脂身でして、今回はシッラがお得意様になってるインスラの主人から譲り受けたんです!だから大丈夫ですよ!」

「それは良かった!早く皆さんがお待ちかねよ!」

「はい!後はカタツムリを添えてもって行きますね、アントニア様!」


するとスタスタと宴会へ戻って行ってしまった。


「あー、アグリッピナ様?良いのですか?あんな油の嘘なんてついちゃって。」

「シッラ、バティルウムはローマの女性にとっては化粧品よ!そんな物が料理に入ってるなんて知ったら、それこそガリアの印象がさらに悪くなるじゃない?こんな時は、憧れである神話のイメージを添えてあげると、喜んで食べてくれるじゃない!」

「はぁー!」

「ヘェ~!なるほど!」


私はガチョウの肝臓料理の皿を持って行こうとしたが、一つ気になる事があった。それは名前だ。ラテン語だとイエクル・フィカトゥムでそのまんまガチョウの肝臓で味気が無い。むしろこの神秘的な料理には、ガリア風の神秘的な名前を残してあげなくちゃ!


「ねぇねぇ!どうせならガリアの言葉でこの料理を紹介したらいいと思わない?」

「フォリ・アグラスなんてどうですか?」

「いいわね!ラテン語っぽいし格好イイわ!」


私は意気揚々と宴会に集まった客人へ、リッラとシッラが作ったガチョウの肝臓料理のファリ・アグラスを持って行って紹介した。


「あー、リッラ?フォリ・アグラスって何それ?!」

「料理も名前もインスピレーションとインプロビゼーションよ。」

「あー、フォア・グラね?」


続く




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